3.忍び寄る危険と……
視点が入れ替わります!
私――リリスは、気持ちが昂っていくのを感じていた。
命のやり取りというのは、何度やっても楽しい。同じ魔物でも、その個体に応じて強さはまちまちだ。その点において、今回のヒュドラは別格だと言えるだろう。
サイズ、威圧感、そして血の匂いも。
どれを取っても、今まで相手にしてきたヒュドラとは桁違い。
「くくくっ……!」
自然と笑いがこぼれてしまう。
しかし、それほどまでの相手なのだった。
通常では魔法のような攻撃によってしか傷付かないヒュドラだが、だからこそ近接戦、相棒の戦斧によって屠るのが爽快なのである。
「さぁ、始めようか――――ッ!!」
私は駆け出した。
「――――――――――――」
一直線に標的に向かって進み、まずは相棒による一撃を加える。
するとまるで、頑強な鉱石を打った時のような反動が返ってきた。当然に、攻撃を加えた箇所には傷一つついていない。それどころか、戦斧の一部が微かに歪んでいるのさえ分かった。――なるほどやはり、前のヒュドラと一緒にしては失礼か!
「なら、これならどうだっ!」
ヒュドラの迎撃を回避しつつ、私はその背後に回り込んだ。
次いで高く跳び上がり、その九つに分かれている首筋の裏を攻撃する。
すると――。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
――そんな、悲鳴のようなヒュドラの声が洞窟内にこだました。
同時に唯一と言って良いほどの泣き所である部分からは、緑色の血が噴出する。それによってついに、ヒュドラの赤い眼は本気になったように思われた。
「さぁて、ここからが本番だ!」
私は心臓の鼓動が、いっそうに速くなるのを感じる。
良いぞ。良いぞ、良いぞ良いぞ良いぞ! やはり、闘いはこうでなくてはな!!
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
九つの頭部が一斉に、私目がけて射出された。
それを蛇行しながら、かつ疾走することで回避する。外れたヒュドラの攻撃は大地を叩き、轟音を響かせた。その音さえ、私にとっては心地良い。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
次いで、ヒュドラは紫色の液体を吐き出した。
これはその身の毒を濃縮したようなもの。触れれば肌は爛れ、最悪の場合焼け落ちる。しかしそんなモノ、当たらなければどうということはなかった。
今度は別の角度から、私は跳ぶ。
そして、戦斧を振り下ろした――!
「キィエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
直後、断末魔が聞こえた。
九つある首のうち一つを完全に断ち切ったのだ。
地に落ちたそれは、魔素の塊へ姿を変える。しかし、この魔物に至ってはこれで終わりではなかった。残り八つ、すべての首を落とさない限り戦闘は続く。つまり、命のやり取りがまだまだ続くということだった。
「さぁ、まだまだ……!」
だが、私はその時。
あまりに気分が高揚していたために、気付いていなかった。
「リリスさん! 逃げましょう!!」
死が、迫ってきていたことに……。
◆◇◆
ボクは、リリスさんの戦闘を見て思った。
「やっぱり、Sランクの人は凄い……!」
彼女の動きには無駄というものがまるでない。
迅速かつ的確に、ヒュドラの急所を攻撃していた。反撃の予測も完璧。敵に付け入る隙を与えずに、その命を着実に刈り取っていた。
「こんなの、普通じゃない。やっぱり――」
――だが、その時である。
ボクの耳に、何かが這いずるような、そんな音が届いたのは。
「え…………?」
その数は、一つではない。
確実に三つ――いや、確実に五つ以上はある。
その音が近付くにつれて、存在感は増してきていた。
「この音って、まさか……!」
予感はだんだんと、確信に変わっていく。
これはそう。やはり忘れられない、恐怖に満ちた音だった。
――――ヒュドラの群れ、だ。
「リリスさん! 逃げましょう!」
ボクはそう結論に至ると同時に叫んでいた。
いま逃げなければ、確実にボクらは命を落としてしまう。
それを避けたい一心でボクはリリスさんへと呼びかけた――が、それが最悪の事態を招いてしまうのである。
「――――――――――っ!?」
ボクの声に一瞬、気を取られたのであろう。
リリスさんが宙を舞った。ヒュドラから痛恨の一撃を受けたのである。
「リリスさん……!」
ボクは無意識のうちに、彼女へ駆け寄ろうとした。しかし――。
「――カイルくん! 来ては駄目だ!!」
「え……っ!?」
張り裂けんばかりの制止の声で、ボクは動きを止めることとなる。
声の主――リリスさんは、半身を起こしつつボクを睨んでいた。だがそこには、決してボクを責める色などなく、ただこちらの身を案じる色がある。
言葉にはしない。それでも、その意味はすぐに分かった。
『逃げろ』――と。
助けろ、でもない。
一緒に戦え、でもない。
その眼差しにはただ、ボクにこの場から逃げろと、そう告げていた。
「ボクは……っ!」
考えるよりも先に。
ボクの足は、リリスさんとは逆方向へと向かっていた……。
◆◇◆
「ふっ、やってしまったな。調子に乗ってしまった……」
私は走り去っていくカイルくんの背中を見送り、一人寂しくそう呟いた。
どうやら今ほど受けた攻撃で、足の骨が完全に折れてしまったらしい。これでは一緒に逃げようにも、逃げることはできなかった。
それならば、彼だけでも無事であることの方が重要だ。
「それにしても、最後まで会えなかったな……」
だが、それよりも。
私の胸に去来するのは命を失うよりも、もっと別の後悔であった。
結局のところ、私は最後の最後まで、ヴァンパイアと『再会』することが出来なかった。結果として私に与えられた運命は、このような終わり。戦闘狂に落ちた人間に過ぎない私は、ピッタリな終わり方であった。
「……ヴィトイン卿」
そして、私は本当の最後に、その名を呼んだ。
会いたくても会えなかった愛しい人。そんな彼の名を呟いて、目を閉じた。
さぁ、いつくるんだ。
私の終わりは。呆気ないのか、それとも――。
「――うん? やけに静かになったな」
だが、それはこなかった。
それどころか、どこか遠くへ行ってしまったような、そんな感覚。私はおそるおそるに、閉じていた目を開いた。すると、そこに立っていたのは――。
「――カイルくん!?」
杖を構えて、肩で息をしている魔法使いの姿であった……。




