2.Sランクの戦士
翌朝のことだった。
ギルドに向かうとそこには、掲示板の前にはリリスさんの姿。ボクは昨晩のこともあったしと、声をかけることにした。
「リリスさん。おはようございます!」
「……ん? あぁ、昨日の。おはよう、今日は一人なのか?」
すると彼女は、気さくに返事をしてくれる。
それと同時に質問が飛んできた。そう。今日のボクは一人なのであった。と言うのも、今朝になって彼女が体調不良を訴えてきたのである。
『すまんな。その……今日は、アレの日だ』――と。
アレの日とは、一体なのだろうか。
それは分からないのだが、とりあえず恥ずかしそうに言っていた。なのでそのまま言うのではなく、リリスさんにはボカして伝えることとする。
「ふむ、体調不良とは。そう言えば、昨日も口数が少なかったな」
「あー、そういえばそうですね」
ボクはリリスさんに言われてから、そうだったと思い出した。
ということは、昨日から体調が悪かったのかな。まったく、生肉なんて食べるから。今度の食事の際にはしっかりと、火の通ったお肉を食べさせなくちゃ……。
そんな風に考えていると、リリスさんが不意にこう訊いてきた。
「ところでカイル殿。キミはたしか、魔法使いなんだったよな」
「え、はい。まぁ……その、一応は」
若干つまりながら、ボクは答える。
微かなプライドがあったのか、弱いですけどね、とは言えなかった。
しかし、そのような些細なことはどうでもよかったのか。リリスさんはあるクエストの紙を手に取って、ボクに手渡すのであった。
「これを見てくれ。金払いはいいのだが、な……」
「えっと、なになに? あぁ、二人以上のパーティー制限があるんですね。そのうち一人は魔法使い、と。珍しい条件ですね」
ボクは内容に目を通して、彼女の言いたいことを理解する。
クエストにはいくつか条件が付くことがあり、今回の場合は人数制限とクラス制限がされていたのであった。そして、肝心の討伐対象は……。
「ヒュドラ!? それって、Aランクの魔物じゃないですか!」
それは、ボクのランクを上回る魔物の名前であった。
ヒュドラ――洞窟の九階層に生息している魔物である。九つの頭を持つ巨大な蛇であり、その体内には感染した者の身体を蝕む猛毒を持つ。なお解毒は不可とされており、相手にする際は細心の注意が必要なのであった。
「そりゃ、金払いも良いはずですよ……」
ボクは紙をリリスさんに返しつつ、ため息をつく。
こんなクエストは、レオのパーティーにいた時でさえ滅多に受けなかった。パーティーランクはAであったにも拘わらず、である。
それほどまでに危険なクエストだった。
しかし、紙を手に取ったリリスさんは首を傾げる。
そしてこんなことを言うのであった。
「いや、言うほど危険なクエストでもないだろう?」――と。
ボクは目を丸くした。
何を言っているのだろうと、本気でそう思ったのだ。
「な、なにを言ってるんですか? Aランクですよ!?」
ボクはリリスさんに、そう反論した。
すると彼女は、にっと笑ってこう言うのである、「安心しろ」と。
そして。
「私は、Sランクの戦士なのだからな!」
そう、大きな胸を張ったのであった……。
◆◇◆
――洞窟、第九階層。
そこには今まで感じたことのないほど、濃い魔力に満ちていた。
足元を照らすのは、手に持ったランタンの明かりだけ。肌に触れる空気はどこか冷たく、また針で刺されたような緊張感があった。
「………………」
ボクが過去にここまで潜ったのは、たったの一度だけ。それはあの、レオのパーティーを抜ける原因となったクエストの時だった。思い出すだけでも恐ろしい。
魔法による陽動は意味をなさず、結果としてイリアが負傷した。レオの剣技も歯が立たず、命からがら逃げ出したのである。
「ホントに、大丈夫なのかな……」
そこに今ボクは、リリスさんと二人だけで訪れていた。
震えているこちらに対して、彼女はいたって平然としている。それどころか、肩で風を切るようにして進んでいた。背丈はボクと大差ないのに、どうしてだろうか。その背中は大きく見えた。
「なに、安心すると良い! 私は過去にヒュドラを三体撃破しているからな!」
「え、三体もですか!? さ、さすがSランク冒険者……」
「しかも単独で、だ! はっはっは!」
リリスさんは自慢気に――というか、自慢して大声で笑う。
どうやら彼女は相当な格上のようだった。そんな人とボクはいま、一時的とはいえパーティーを組ませてもらっている。これは感謝しなければならなかった。
「さて、そろそろ標的のお出ましだな……」
「え? あ……っ!」
彼女の言葉で、ボクはようやく前を向く。
そして、気が付いた。この先から、忘れもしない独特な臭いがすることに。
これはヒュドラの毒のそれ。鼻腔を刺激して、脳を麻痺させるような腐った臭いである。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
そして、そいつはとうとう姿を現した。
九つの頭に、肥大した胴体。尾は鎌のような鋭利な形になっていた。
ランタンの明かりで照らされて、それらは次第に鮮明になっていく。ヤツの吐く息の色も、まとう雰囲気さえも、威圧感を増していくのであった。
「さぁ、狩りの時間だ……!」
そいつ――ヒュドラを見て、舌なめずりをするリリスさん。
そう、いよいよ始まるのだ。
Sランク冒険者による、最高峰の戦いが――。