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1.新しい朝の風景







 ――翌朝。

 ボクは二階にある自室から出て、寝巻のままに一階へと向かう。

 そして一つのドアの前に立ち、それを開いた。するとそこにあったのは、広い空間。家具はまだまだ少ないが、大きなソファーが置かれている。さらに左手に目をやるとダイニングキッチンと、食事を摂るためのテーブルがあった。


「あ、おはようございますです! カイルさまっ!」


 さて、やっと慣れてきた新たな生活空間を観察していると、だ。

 ボクに声をかけてくる小柄な女の子がいた。


「あぁ、おはよう。ニナはやっぱり朝が早いね」

「そんなことないのですよ。カイルさまも、レミアさまに比べればずいぶんと早起きなのですっ!」


 その女の子――ニナは、獣耳をピンと立てながら無邪気にそう言う。

 腰まで伸びた、少しクセのある栗色の髪。円らな青の瞳。全体的に幼い顔立ち。身にまとうのは、先日仕立てた給仕用の服であった。

 フリルがふんだんに使われた黒と白のミニスカートドレス。胸元にあるピンク色をしたリボンもまた、小さなアクセントとなっていた。


 ニナは先日から雇うこととした使用人の一人。

 ヴァーナと呼ばれる獣人族の少女だった。彼女はその中でも猫族に分類される。


「ははは、レミアはその……夜行性だからね。仕方ないよ」

「むぅ! カイルさまはそうやって、すぐにレミアさまのことを甘やかすのですっ! 一日の始まりはみんなで挨拶するんだ、って。ニナのパパいってたです!」

「そっか。いいお父さんなんだね」

「えへへぇ~っ!」


 プンスカと怒っていたと思えば、ふにゃりと相好を崩す。

 それに呼応するかのように猫耳もペタンと前に倒れるのであった。どうやらこの少女、田舎から出稼ぎにきたらしいが、相当に家族想いらしい。

 こうやって身内のことを褒められると、すぐに蕩けてしまうのであった。


「ニナ? 貴女はすぐにそうやって、カイル様に甘えるのですから。レミア様のことを言えませんよ? 遊んでいる暇があるなら、食事を運んでください」


 さてさて。

 そうやってニナと戯れていると、だ。

 一人、耳の長い――エルフの女性がそう声をかけてくる。


「むむぅ……ココさんは、小言が多いですぅ」

「小言ではありません。給仕の長として、当然のことを言っているだけです」

「それが小言なのですよぉ! ニナは、カイルさまに朝のご挨拶をしていただけなのです。ココさんよりも先だから、ニナの勝ちです!」

「はいはい。分かりましたから……申し訳ございません、カイル様」


 エルフの女性――ココは、そう言って頭を下げた。

 後ろ手に一つでまとめられた長い金の髪。キリリとした深緑の眼差し。

 身にまとうのはニナと同様。しかし、少女のそれと違って成熟した女性であるココに与えられているのは、ロングスカートのそれだった。恭しい態度を取る彼女からは、気品というものが感じ取れる。


「ううん。いいよ、ココ。……おはよう」

「おはようございます。すぐにお食事をお持ちいたしますので、お待ちください」


 ココはボクの挨拶に綺麗な所作で応えると、くるりと身を翻した。

 そして、いまだ駄々をこねるニナを引っ張って厨房へと向かうのである。


「ふぅ。朝から、元気だな……二人とも」


 ボクはそんな光景を微笑ましく見守りながら、息をついた。

 今の二人が、この新居に招かれた新しい家族。大切な、新しい仲間だった。


「うむ……なんだ。今日は一番乗りかと思ったのだがな」

「あぁ、レミア。おはよう」


 さて、そうしていると背後から聞き慣れた少女の声。

 振り返るとそこにいたのは、赤髪に真紅の瞳をした少女だった。

 彼女は眠い目をこすり、大きな欠伸をしながら部屋の中に入ってくる。その後ろからは、戦斧を背負った女戦士――リリスさんの姿もあった。


「おはようございます。カイルさん」


 リリスさんは小さく礼をすると、こちらの返事も聞かずに席へと向かってしまう。これは、ボクが何か怒らせるようなことをしたとかではない。最近の彼女は、ずっとあのような調子なのである。


 どこか、パーティーの中で一人、孤立しているような……。


「…………リリスさん」


 その理由は、何となく分かっていた。

 ボクは本人に気付かれないように注意しつつ、傍らの少女を見る。

 そう――レミアの存在であった。この少女はヴァンパイアであり、リリスさんはそれを狩る者なのである。正直、その事実を知った時はパーティーの崩壊を覚悟した。だがしかし、彼女たちは互いに口を利かなくなったとは言え、共存している。


 その要因というのは、正直なところ分からない。

 ただ、二人の間にはなにか――それこそ、暗黙の了解のようなものがあると。そのように思われて仕方なかった。


「…………ふぅ」


 しかし、それを考えても今のボクでは解決のしようがない。

 そのため一つ息をついてからは、別のことを考えるのであった。


「そう言えば、エリオは? まだ起きてこないのかな」


 そう。それは、パーティー最後の一人――シーフの少年のことだった。

 彼はいつもボクのことを起こしに来ていたのに。今日に限っては、こちらを訪問することはなかった。それを不思議に思いながら、疑問を口にしたのだけど――。


「何を言っておるのだ。ずっとカイルの背後におるではないか」

「………………え?」


 ――次の瞬間。

 レミアの一言で、思考が凍りついた。

 ぎこちない動きで背後を確認する。すると、そこには……。


「……てへっ」


 少女のような容姿をした少年――エリオがいた。

 天使のような笑みを浮かべている彼に、ボクはおそるおそる訊ねる。


「いつから、そこにいたの?」――と。


 すると、彼はこう言うのであった。


「昨夜は、ずいぶん寝返りが多かったですね」――と。


 全身から、血の気が引いて行った。

 数秒の間を置いてから、ボクは深く息を吸う。そして――。







「――いやあああああああああああああああああああああああああっ!?」





 絶叫した。

 もうやだこのシーフ。心から、そう思うのであった。

 そんな朝の光景。まだ少しぎこちなくて、問題も抱えている。だけれど、きっと上手くやっていける。そう思わされる、いつもと変わらない一日の始まり。



 でも、思いもしなかった。

 この日常を打ち壊す出来事が、すぐに起こるだなんて……。




 


本日、夜の八時頃に活動報告にてご報告したい事があります。

もしよろしければ、ご一読ください。

<(_ _)>

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