プロローグ
ここから第二部です。
――父様は言っていた。
『いいかい、レミア。我々ヴァンパイアによる【眷属契約】は、生涯に一度しか使用してはならないよ』
『どうしてなのですか? 父様』
その言葉に、幼かった妾は首を傾げる。
この当時の自分は『眷属』のことをお友達作りの一環、そのように捉えていた。
だから父様の教えには、いの一番に何故が付きまとう。どうして、永遠に近い命を与えることがいけないことなのか。たくさんの人間を『眷属』にしてしまえば、それはまた『善いこと』なのではないだろうか、と。
しかし、父は優しい笑みを浮かべて首を横に振った。
まるで妾の考えていることを、すべて見透かしているかのように。
『それはね……この契約を結ぶということは、その人間の命を奪ってしまう。それに等しいことだからだよ? 自由を奪い、束縛する。その生命の持つ意思を捻じ曲げるかもしれない』――と。
言って、父様は妾を持ち上げて肩車をした。
そこから見えた景色は、深き宵の闇に包まれた森である。
しかしこの森の中には信頼で繋がった配下の者たちが、多く隠れているのであった。そう――決して『眷属』として繋がれたわけではない者たちが。
『いいかい? だから、私たちは考える必要があるんだ。そして、その決断に責任を持つ必要が。果たして、それがその人間にとって善きことなのか、と』
『はい。分かりました――父様』
妾は小さくうなずいて答えた。
だけども、当時の妾にはその言葉の意味は理解できていなかった。
ただそれでも、胸に残ったのは父との約束。そして、戻らぬ景色だった――。
◆◇◆
――ある日のギルドにて。
ボクは冒険者委員会に呼び出しを受けていた。
なんだろうか。気のせいか、この景色には既視感があるぞ……。
「……さて、カイルくん。ここに連れてこられた理由は、分かるかい?」
専用の椅子に腰かけた細身の、初老の男性――ニールさんはボクにそう言った。
眼鏡をクイッと上げながら、書類に視線を落としている。
「もしかして、またですか。ボクの討伐実績への嫌疑とか……?」
思わず苦笑いを浮かべながら、ボクはそう答えた。
そうなのである。思い出されるのは、以前のレッドドラゴン討伐クエストのことであった。ボクのヒュドラ討伐の戦果に違和感を抱いたニールさんは、こちらへ試練を課したのである。結果として上手くいった。だがしかし、もしかして今回も、と考えると背筋が凍る。
そのためボクは自然、身構えてしまった。
けれどもそんなボクを見て、ニールさんはキョトンとする。そして、
「はっはっは! そんなわけないじゃないか!」
大声で笑い、そう言うのであった。
「え、それなら。いったいどうして?」
「いやいや。今回、私がキミを呼んだのは素直に戦果を褒め称えるためだよ。魔族の討伐――正式なクエストではないとはいえ、これは並大抵の力量で成し遂げられるものではないからね」
「魔族――クリムの、ことですか……」
「あぁ、そうだよ。それ以外に、誰がいるのかな?」
「…………………………」
そして、ボクの疑問に何の躊躇いもなくそう返答する。
かつての仲間をないがしろにされたような気がして、思わずボクは拳を震わせた。しかし事情を知らない人にはそれも仕方ない話だろう。
そう思って、どうにか気持ちを切り替えた。
「……それで。具体的には、どんなお話なんですか?」
「あぁ、そうだね。本題に入ろうか」
訊ねるとニールさんは一つうなずいて、また書類に視線を落とす。
「カイルくん。キミには脱帽だよ――キミの戦果は、他に並び立つ者がいない」
「はぁ、そうですか……」
なにやら褒められているらしかった。
でもボクにはその実感がわかない。だって、自分に出来ることをやっただけだから。自分がやらなければならないことをやってきた、ただそれだけなのだから。
なのだけれども、ニースさんは柔らかい笑みを浮かべてこう言うのだった。
「だから、キミには新たに特別な地位を与えようと思う」
「特別な地位……?」
ボクは彼の言っている意味を汲み取れずに、同じ言葉を繰り返す。
すると、ニールさんは立ち上がりこう言うのであった。
「その者に並び立つ者なし――我々、冒険者を管理し査定する者たちの間ではね、そういった者が現れた時にとある措置を取ることになっているのですよ」――と。
彼は、こちらに歩み寄りながらそう語った。
「しかし、有史以来そこに至った者はいなかった。けれどもキミならば、その期待に応える働きが出来るだろうと。すべてのギルドから同意を得た」
ボクの前に立ったニールさんは静かに、こちらへ手を差し出す。
そして、こう言うのであった。
「キミには今日から――新たに、EXのランクを与えよう」――と。
それは、未知の言葉。
「EX……?」
だから、ボクは呆然と立ち尽くすこととなった。
何を言われているのか分からない。それでも、一つだけ確かなことがあった。それはこの日がボクの冒険者として、新たな始まりとなる、ということ。
この日から、ボクの挑戦は始まった。
それはまだ誰も至ったことのない領域への挑戦。
未知への挑戦と言っても過言ではない、そんな日々の始まりであった……。




