3.ギルドでの出来事
途中から視点変更ありです。
「ふざけるんじゃねぇ!? 誰のせいだと思ってやがるんだ!!」
「私のせいではない! そもそも、魔法使いにしんがりや陽動を任せるなど!」
ギルドに戻ると、そんな風に言い争う声が聞こえた。
声の主は誰か。
それはすぐに分かった――レオだ。
「はぁ!? じゃあ、他に誰がやるって言うんだよ!!」
「剣士である貴方がやるべきでしょう!? どう考えても役割が逆だ!!」
口論をしているのは、新しく入った魔法使いであろうか。
眼鏡をかけ、杖を持つひょろっとした身体つきはいかにも魔法使いらしい。そんな男性とレオは、唾を飛ばし合いながら、罵り合っていた。
やれ、陽動が上手くいっていない、だの。
やれ、役割分担が間違っているぞ、だの。
ボクとレミアは、遠巻きにその様子を眺めていた。
「なんだなんだ? またあのパーティー、仲間割れか?」
「なんでも、新入りの魔法使いに無理難題を押し付けたんだとよ」
「魔法使いにしんがり、陽動を任せるとか正気か? よくAランクまで行けたな」
野次馬からはそんな声が聞こえてくる。
……ん? 魔法使いがしんがりとか、陽動をするのって変なのか?
「レオ……」
「む? あの金髪と知り合いなのか?」
「え、あぁ……うん。幼馴染みなんだ」
レミアはボクの呟きに、そう訊ねてくる。
だけど、それにボクは一言そう答えるだけで、受付へ向かうのであった。
もう決別したのだから、レオとボクは無関係。イリアとクリムの姿は見えなかったけど、それもボクにとっては知らなくてもいいことだった。
「ふむぅ。なにか、釈然とせんのう」
「あはは、レミアが気にすることじゃないよ。ほら、カードを受付に出して?」
だから、振り払うようにして。
ボクはレミアに説明するのであった。
冒険者カードには特別な魔法がかけられており、そこにはその者が討伐した魔物の数、さらにはパーティー全体で倒した魔物の数が更新されていく。その他にも色々な数字が記載されているが、とりあえずはこれを証明にクエストの完了となるのであった。
さて、それを受け取った受付のおばちゃんは目を丸くする。
「あら、お嬢ちゃん凄いねぇ! Eランクなのにリトルデイモンを十体も倒したのかい? それに、デイモンを三体! ……これは、天才かもねぇ」
「うむ。まぁ、それよりもおかしなことしてたのが、こいつなのだがな」
「え……?」
レミアはボクを見てそう言った。
だが、こちらとしてはその意味がまるで分からない。
「そうかいそうかい。ほら、これが報酬金だよ。それで、こっちが魔素の欠片とか、その他諸々のアイテムの代金ね? 金額に納得したら、サインしてね」
「あ、はい。分かりました」
首を傾げながらも、ボクは書類にサインをしてお金を受け取った。
今まで活躍に応じて受け取っていた報酬金だったが、二人で分けるとなるとこんなにも多くなるのか。一人当たり金貨2枚に、銀貨8枚。金貨1枚さえあれば、3日は食べるのに苦労しない。銀貨は10枚あれば金貨1枚の価値になる。
今回は二人パーティーということで、おばちゃんが分割しやすいように気をつかってくれたらしい。それに感謝しつつ、ギルドを後にするのであった。
「………………」
響き渡る、レオの声を背中で聞きながら……。
◆◇◆
見覚えのある背中が見えた気がした。
しかし、そんなこと今の俺には関係ないことである。
とにかく腹が立って仕方なかった。この、目の前の貧弱な魔法使いに。
「私は魔法を詠唱する! 前衛は時間を稼ぐ、そして魔法で怯んだ隙に貴方がトドメを刺すのでしょう!? それなのに敵の注意を一身に受け続けろなど、暴論にも程があるではありませんか!!」
「うるせぇ! 俺の考えに文句があるってのか!!」
「大ありですよ! だから、何度も……!」
「ちっ……!」
なにかが変だ。
あのノロマがいなくなって、すべてが解決するはずだったのに。
代わって入ってきた奴は、そのノロマよりも役立たず。しかも自分を正当化するための講釈まで垂れやがるときた。リーダーである俺に楯突いてまで、だ。
「そうでなければ、生存率は恐ろしく低下する。それをどうして理解できないのですか! 仮にもAランクパーティーのリーダーである貴方が……」
「……仮にも、だと?」
「ひっ……!」
苛立ち、睨みつける。
すると怖気づいたのか、新入りは小さな悲鳴を上げて後ずさった。
その情けなさにまた一つ舌を打って、視線を別の方向に投げる。そこには処置室があった。新入りを無視して、俺はそこへと向かう。
「……入るぞ」
そして、中に入った。
するとそこにいるのは、イリアとクリムだ。
ベッドで眠るイリアはうなされている。クリムが必死に治癒魔法をかけているが、状況は一向に改善していなかった。
「クリム。イリアの怪我はどうなんだ……?」
「………………」
俺の問いかけに、クリムは首を左右に振る。
「くそっ……!」
思わず悪態を吐く。
壁を殴る。痛みが広がるが、今はそんなことどうでもいい。
もし、イリアの命になにかがあったら、俺はこの先どうしていけば……。
「イリア……っ!」
「落ち着いてください、レオ。我がパーティーのリーダー」
「クリム……」
うな垂れる俺の手を、クリムが優しく包んだ。
潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。そして、こう言うのであった。
「イリアは、私が必ず救ってみせます。だから、どうか安心を……」
「……あぁ。頼んだぞ、クリム」
「もちろんです。……大切な仲間、ですから」
夜は更けていく。
俺は思った。今日は、一人でいたくはない。
それほどまでに、不安な夜だったのだ……。
◆◇◆
レオが去って私――クリムは、イリアと二人で処置室に残された。
ベッドの上で眠る桃色の髪をした可憐な少女は、いったいどのような夢を見ているのだろうか。うなされているのだから、悪夢なのだろうか。それとも……。
「……レオは、貴女のことを本当に愛しているのですね」
私はそう言いながら、ベッドに腰掛けてその綺麗な顔に触れた。
閉じられたまぶたの奥には、見る者を虜にするほど透き通った金の瞳がある。しかし今は固く閉ざされ、小さく可愛らしい唇からは苦悶の声が漏れていた。
荒野に咲く一輪の花のような、そんな存在。
だけど、私にとっては――。
「――本当に、妬ましくて仕方ない!」
そう。私にとって、このイリアという少女は憎悪の対象でしかなかった。
私の愛するレオの愛を、一身に受けるこの女のことが。私は心の底から憎くて、憎くて、憎くて仕方がなかったのだ。
「どうして、貴女なのかしらね。私ではなく何故、どうして、貴女が選ばれたのか……!」
妬ましい。本当に、妬ましい。
この小柄で愛らしい少女が、妬ましくて仕方ない。
「……あら、危ない。もうすぐで絞め殺してしまうところでした」
そこまで考えて、私ははたと気付いた。
憎さのあまり、思わずイリアの細い首に手を伸ばしていたことに。
本当に危なかった。もしここで殺してしまっては、今までの苦労が水の泡となる。それだけは避けなければならなかった。ここまでの準備で、私はどれだけの苦渋を舐めたのか。どれだけ、苦労してきたのか。
このために、やっとの思いでカイルを追い出したのだから……。
「彼には悪いことをしました。まさか、パーティーの要である自分が役立たずの烙印を押されて、追い出されることになるとは、思ってもなかったでしょうからね」
そう。このパーティーの生存率を高めていたのは、他でもない彼だった。
魔法の能力はからっきし。けれども、戦闘能力と生存能力に優れた魔法使いだった。彼が陽動を行っていることで、私たちのパーティーは成立していたのである。
「私が彼を騙し、失敗を誘い、追放へと追い込んだ……」
そんな彼がいなくなれば、どうなるだろうか。
答えは簡単。パーティーのバランスの崩壊は、死へと繋がる。
その証拠に、我らのパーティーの中で最もひ弱だったイリアはこの通り。今日のヒュドラ戦、その際に受けた毒で生死の境をさまよっていた。
「ふ、ふふふっ……!」
さぁ、もう少し。
蛇の毒のようにじわりじわりと、謀殺して差し上げましょう。
私は笑いを堪え切れなかった。
何故なら、もう少しであの愛しきレオが、私のモノになるのだから……。
ここまでがオープニングですね。
次からは第一章に入ります。
<(_ _)>