1.助ける理由
「魔族――クリムが?」
「はい。僕はこの目で見たんです。あの女が姿を変えるところを……」
エリオが真剣に訴えてくる。
ボクはそれを聞いて、考え込んでしまった。
まさか元とはいえ、仲間に魔族が紛れ込んでいたなんて信じられるだろうか。しかしレミアやリリスさんからも、推測ではあるが、と。そのような意見があった。
「妾たちの足止めをした魔族――アビスが、無関係とは思えない」
そう語ったのはレミアだ。
アビスという名は知らなかったが、状況から察するにあの声の主だろう。
ボクの命を狙った魔族。魔物を操っていた彼は、その口振りからして何者かの配下であることは想像が出来た。そして、証言を合わせるとそれは――クリム、ということになる。
「でも、目的はなんだ……? ボクと、イリアを陥れた……」
しかし、そこだけが分からなかった。
彼女はパーティーに紛れ込んでまでどうして、ボクのことを、そしてイリアのことを狙ったのか。いいや、そもそも本当に狙いはボクたちなのだろうか。
もしかしたら、狙いはどこに――。
「――っ! レオか!!」
その時、ボクの頭の中にイリアの言葉がよぎった。
彼女はレオのことを助けてほしい、と。そう言っていた。
クリムは、以前からレオに執着していた節がある。それをボクは単純な好意だと思っていたけれど、それが違うとするなら――すべての辻褄が合う。
「なにか、分かったのか。カイル?」
「分かったよ。でも、問題はここからで……」
声を上げたボクに、タイミングを見計らってレミアが声をかけてきた。
でも、それに対してこちらは口ごもるしかない。何故なら一連の黒幕が分かったとして、これ以上ボクたちに出来ることはない。おそらく、もうクリムはレオを連れてどこかへ行ってしまっているだろう。そうなると、あちらから出てこない限りどうしようもない。だとしたら……。
「クリムがどこにいるのか、それが分からないと……」
「あ、あの……カイルさん!」
「ん?」
そう考え込んでいるところで、ボクに声をかけてきたのはエリオだった。
彼はどこか意を決したような表情で、胸に手を当てている。
震える円らな瞳には、涙がにじんでいた。
「エリオ、どうしたの?」
「あの……! 僕に探させてもらえませんか!?」
「探すって……? え、もしかして!」
ボクが驚くと少年は頷く。
そして、こう提案してくるのであった。
「僕がクリムさんの居所を探してきます! だから、僕をパーティーに入れてください」――と。
◆◇◆
「任せて良かったのか? あの少年一人に……」
「不安は、色々あるよ。でもいまは、彼の情報収集能力に頼るしかない」
エリオを見送った後。
ボクたちは人気のないギルドで、休息を取っていた。
一人で長椅子に腰かけているとそう言って、レミアが声をかけてきたのである。少女は隣に座ると、その赤い眼でこちらを見てきた。思わずドキリとしてしまう。
それほどまでに、やはりこの少女は美しかった。
「はぁ、いやな。妾が訊きたかったのは、そういうことではなくてな……」
「え? じゃあ、どういうこと?」
そう思っていると、何故か軽くため息をつかれてしまう。
意味が分からずにボクは首を傾げた。すると、そんなこちらの様子に再び、今度は大きくため息をついてレミアは言うのである。
「まぁ、良い。今さら愚問だからな――お主が、奴らを助ける意味など、な」
「奴ら、って……レオとイリアのこと?」
「うむ。そうだ」
ボクの返事に、頷く少女。
どうやら彼女の中ではなにか結論が出ているらしく、それを口にした。
「どうせ――『家族』だから、というのであろう?」
そう、やや呆れたように。
「『家族』、か……。たしかに、それもあるね」
だけどボクは、少しだけもったいぶった。
すると、ちょっとだけ不思議そうな表情を浮かべるレミア。
「なんだ……まだ、他に理由があるのか?」
ぐっと身を寄せてくる彼女に、ボクは苦笑いしてしまった。
どうやらレミアは、ボクの事情に興味津々の様子。だとしたら、ここで中途半端に白を切るより、ハッキリ教えてしまった方がマシだろう。
それにボクがとやかく言っても、もう決まったことだ。
「あー、うん。実はね――」
そう。ボクがレオとイリアを助ける、そのもう一つの理由。
それは、少し恥ずかしいモノだった。
「――イリアは、ボクの初恋の人なんだ」
「………………は?」
ボクの言葉に、レミアは間の抜けた声を出す。
目を丸くして硬直し、次第に顔を赤くしていくのであった。
「はっ、はははっはっははは、初恋、の人――――っ!?」
そして、そんな悲鳴に近い声を上げるのである。
「ははは、レミア落ち着いて」
「おっ、落ち着いてなどいられるか!? ――な、なにを言っているのか気付いているのか! 貴様は!! この破廉恥がっ!!」
「破廉恥、って……とりあえず、深呼吸して?」
ボクは乾いた笑いをしながら、レミアに椅子へ腰かけるよう促した。
すると彼女はちょこんと。緊張したように固まって、そこに座るのであった。そして、言われた通りに深呼吸をしてからボクにこう問いかけてくる。
「……それなら、何故だ」――と。
彼女は、どこか神妙な面持ちで言う。
「何故カイルは、レオを憎まずにいれるのだ。どうしてあの二人を救いたいと、そこまで必死になれるのだ?」――と。
心の底から不思議そうに。
赤き瞳は、ボクを試すかのように輝きを放った。
「うーん。そうだなぁ……」
ボクは問われて、少し考える。
でも、答えはもうとっくの昔に出ていたのであった。そう、それは――。
「大好きな人たちには、みんな幸せになってほしいから、かな」
――そんな単純な理由から。
「ボクは、レオもイリアも大好きだから。だから二人に幸せになってほしい、ってね――ただ、そう思うだけなんだよ」
けれども、間違いのないボクの本心だった。
「カイル、お主……」
それを聞いて、レミアはハッとした顔になる。
そして、何かを考えて頷く。次に面を上げた時には、いつもの少女の顔があった。どうしてだろうか。ボクにはそれが、何かを決心したように見えた。
しかしその理由を訊ねるよりも先に、レミアは立ち上がる。
そして、こちらを振り返った。
「ならば、妾にとっても同じだな。カイルは妾の――」
彼女は、満面の笑みを浮かべる。
次いで口から出たのは、
「――大切な仲間、いいや。『家族』なのだからな!」
そんな心地の良い言葉であった。
「レミア……」
「そうと決まれば、だ。妾も出来ることをやらなければならないな!」
何か、迷っていたのであろう。
だがしかしレミアは、その思いを振り切ったかのように大きく伸びをした。そして、ボクに手を差し出しながらこう言うのである。
「必ず、助け出すぞ。レオとイリアを!」
「――あぁ、そうだね!」
ボクはその手を取った。
それに、迷いなどなかった。
「行こうか!」
大切な、『家族』を助けに!
心強い新しい仲間――『家族』と共に!




