8.窮地のカイル、その先には――。
最後はレミア視点です。
――――疾く。もっと、疾く。
ボクは剣から流れ込んでくるような、そんな感覚を頼りに一体、また一体と魔物を屠っていった。レッドドラゴンの首を落とし、ヒュドラの腹を裂き、アークデイモンの胸を貫く。それでも、数は減るどころか増える一方だ。
あの声の主が呼び出したと思しき魔物たち。
そいつらは、まるで指揮されるかのようにボクへと躍りかかる。
「――――――――――――っ!」
それとなると、話が変わってくるのであった。
知性をもたない魔物なら付け入る隙がある。しかし、このように無駄のない、統率の取れた動きをされるとボクが圧倒的に不利だった。
たしかに、数は倒している。それでも――。
「くそっ……! このままだと!」
――ジリジリ、と。
ボクは確実に追い詰められていった。
逃げ場を塞がれ、攻撃をかわされ、さらには危うく一撃を喰らいかける。そんな生と死の境を綱渡りして、それでもどうにか耐えていた。
だがしかし、それにもとうとう限界が訪れる。
「あ、しまっ――!」
それは、本当に一瞬の隙だった。
魔物の群れの僅かな隙間から、アークデイモンの【ショット】が撃ち込まれる。
とっさの出来事にボクは反応が遅れ、ついにそれを被弾してしまった。その箇所は左足の大腿部。幸いなことに骨が折れただけで済んだらしいが、致命的な負傷だった。根元から脚の機能を奪われては、機動性の大幅な低下は免れない。
「くそっ、でも――!」
でも、そうだとしても。ボクは帰らなければいけない。
大切な仲間たちのもと――そう、家族のもとへ。
「―――――――――――――――――――――――――っ!!」
右脚だけに力を込め、大地を蹴った。
動いた瞬間に、左膝より上に激しい痛みが走る。
そしてすぐに倒れてしまった。起き上がれないボクに、魔物たちが迫りくる。――逃げなければ。早く、少しでも距離を取らなければならなかった。
「はぁっ、はぁっ……っ!?」
剣を支えにして、左足を引きずりながらボクは撤退する。
脂汗がにじむ。もはやそれは、生存本能に近かった。
しかし、その先にあったのは――。
「行き、止まりか……! くそっ!!」
――終わり、だった。
ボクの目の前に現われたのは、三方を塞ぐ岩壁。
背後からは魔物の群れが迫ってきていた。すなわち、もはや逃げ場はなし。絶体絶命という言葉が脳裏を過ぎっていった。いいや、もっと単純に――『死』か。
ボクは壁に背を預けた。
そして、来たる魔物の群れを待ち受ける。
そうしていると思い出されるのは、最近の慌ただしい日々だった。
「そっか。まだ、そんなに時間は経ってないんだ……」
レオからパーティーを追い出されて。
その夜に、ボクはあの少女――レミアと出会った。
それからは毎日が新鮮だったように思う。新しい仲間に、思ってもみなかった評価。それらは、今までのボクでは得られなかったモノだった。
誰かに、認められること。
たったそれだけのことが、こんなにも満たされることだったなんて。あの少女に出会わなければ、ボクは知ることができなかっただろう。
気付くのが、遅過ぎた。
せめて、最後に感謝くらいは伝えたかったのに――。
「――そっか。もう、終わりなんだ」
なんとも間の抜けた声が出た。
あまりに今さらな、ようやく現実を受け入れた言葉。
それを実感して間もなく、ボクの頬を一筋の涙が伝っていった。
そして――。
「――いや、だ」
そんな、子供じみたワガママが口をついて出る。
駄々をこねる赤ん坊のように。目の前にある現実を拒否するのだ。受け入れたはずなのに、それを突き放すのは、きっとボクの心の弱さなのか。それとも――。
「まだ……!」
――諦めない、強さなのか。
「ボクは……!」
その、瞬間だった。
ボクの胸の奥で、何かが弾けるような感覚があったのは。
「諦めない。諦め、られない……っ!!」
ふっと、身体が軽くなった。
痛みが消えていく。そして、その直後に――。
「――――――――――――――」
ボクの意識は、感情の昂りと呼応するように途切れるのであった。
◆◇◆
「……おや。ようやく、始まりましたね?」
アビスがそう言った。
妾たちから視線を外して、奴は後ろを振り返る。
言葉の意味は分からなかった。それでも、妾には分かることが一つあった。
「なんだ……!? この、魔力の高まりは!」
そう。それは洞窟の奥から感じられる、爆発的な魔力の奔流だ。
洞窟全体を突き上げるかのような、そんな衝撃が妾たちの足元から。身構え、どうにかこらえる。そんな中でアビスだけは涼しい様子で立っていた。
この男は、いったい何を――。
「まさか、これは……!」
――そこまで考えて、妾は一直線に駆け出していた。
アビスの横を走り抜け、下層へと向かう。心臓が、激しく脈打っていた。
何かは分からない。それでも、なにか胸騒ぎがする。カイルの身に異変が起こっていると、妾の第六感が告げているのであった。
だから妾は走った。
背中に、あの魔族の――。
「――ふふふ。これで良いのです」
という、不気味な声を聴きながら……。




