3.闇の中に見たモノ
それは、まさしく運命だった。
あの人は苦しむ僕を救ってくれたヒーロー。
そしてこんな弱い僕にとって、師匠と、そう呼べる存在だった。
『――好きです!』
だから、思わずそう口走っても仕方ないだろう。
僕を助け起こしたあの手の力強さと優しさは、忘れられない。
けれども、うん――たしかに急ぎ過ぎたのかもしれない。あの人は目を丸くしたかと思えば、こう言ったのであった。
『あぁ、いや。ありがとう……でもお互いのこと、知らないからさ』――と。
そう僕に告げて、去ってしまったのだった。
僕はそれを聞いて少しだけ意気消沈し、しかしすぐに彼の言葉の真意に気が付く。そう、これはきっと僕への試験のようなものに違いなかった。
それというのは、すなわち――。
『――僕が、師匠のことをもっと知れば良いんですね?』
そうだった。
つまりは、そういうことなのである。
知らないのであれば、知れば良い。そんな単純なことだった。
『待ってて下さいね、師匠――僕は、貴方のそばに……ふふふっ』
その瞬間から、僕――エリオの人生は輝かしいものに変わったのである。
◆◇◆
「あれが、カイルさんの元々いたパーティーの……」
そんな僕はいま、一人の女性を尾行していた。
名前はクリムというらしい。紫の髪に、女性らしい身体つき。
クラスは治癒師ということではあったが、身に着けているのはどこか妖艶な色香を漂わせるものであった。僕はそれとなく嫉妬心を抱きながら、彼女を睨む。
「えっと。リーダーのレオと弓使いのイリアは最近、ギルドに顔を出していない。その理由は分からないけど、クリムだけは活動中……」
しかし、今は私情に流されている場合ではなかった。
とにかく師匠についての情報なら、一つ残らずに掻き集めなければ。
それとなると、真っ先に浮かぶ情報は姿を現さないパーティーリーダー、レオについてであった。何故なら彼は、カイルさんの……。
「…………幼馴染み」
そうなのだ。
彼はカイル師匠の幼馴染み。
それだというのに、どうしてカイルさんを追い出したのか。あんなに凄い人を引き止めなかったのか。それが気になって仕方がなかった。
だから、僕はクリムを尾行しているのである。
「あ、動いた!」
さて。そんなことを考えていると、であった。
クリムはどこか上機嫌に、路地裏の方へと足を運ぶ。僕はそれを音をたてないように追いかけた。そして、彼女が曲がった道を覗き込んだ――その時。
「――――え?」
僕は、言葉を失った。
何故ならそこにいたのは、少なくとも人間ではなかったから――。
「そん、な……!」
――あまりの光景に、僕は声を震わせる。
その場から動けなくなった。ただ、そこにいるクリムだった者の言葉に耳を傾けるだけになってしまう。こちらには気付かずに、彼女は闇に向かってこう語っていた。
『あぁ、大丈夫よ。もう少しでレオは私のモノになるの……』
その声は、どこか錆びたような響きで。
『そのためには、イリアとカイルが邪魔ね。早く始末しないと――ふふふっ』
笑いは、地の底から聞こえてくるかのようで。
『そうね。そのためには、ただの魔物が相手ではいけない。もっと上位の存在――それこそ神と名の付くモノが出向かなければ、ね。まぁ、もっとも……』
そして、最後にこう言った。
『……魔と、名の付く神ですけれども』――と。
僕は、それを聞いた瞬間に逃げ出した。
この情報は、一刻も早くカイルさんに伝えないといけない。そう思った。
この目で見たモノは到底、信じられない事実である。けれども、間違いない。だから僕は走るのであった。カイルさんのいるであろう、ギルドへと向かって――。
◆◇◆
どうやら、鼠が追ってきていたらしい。
この姿を見られたからには、生かして帰すわけにはいかなかった。だけど――。
『――――まぁ、大丈夫でしょう。どうということもないですわ』
私はニッと笑う。もう、堪えられなかった。
我慢の限界だった。醜く落ちぶれていくレオに、私は愛情を抱いていたのだから。それが間もなく手に入る。それしかもう、私には見えなかった。
だから、最後に。
丁寧に殺しましょう、あの二人を。
その準備は、間もなく整う。もうすぐで――。
『――――くっ、くけけけけけけけけけけけけけけけけけけけっ!?』
あぁ、心地良い。
絶望があまりにも心地良い。
これは私の性であるから、仕方がない。そう――。
――――『魔族』としての、私の愉悦なのだから。




