8.新しい歴史の息吹
『あぁ、本当に見事だ。よもや我をこうも容易く屠ろうとはな……』
「…………いえ、そんなことは」
魔素へと変換されていく伝説の竜と、静かに語り合っていた。
膨大な魔力によって身体が構成されていたのであろう。致命傷を負おうとも、その分解には多大な時間を要するようであった。
ボクは静かに、どこか満足気なエンシェントドラゴンの言葉に耳を傾ける。
『謙遜するでない。お主の力は、実に素晴らしい――数千年に渡り生き続けた我を、負かしたのだからな。胸を張って誇るがよい』
「あ、その……ありがとうございます」
すると、そんなことを言われた。
どう反応していいか分からずに、とりあえずの感謝を述べる。
だが事実として、一歩間違えれば勝敗は逆転していたに違いないのだ。謙遜でもなんでもなく、ボクはこの偉大なドラゴンに敬意を払う。
間違いなく、貴方は強かった――と。
『あぁ、それにしても。本当に長く生きてみるものだな……』
昔を懐かしむような声色で、竜はそう話し始めた。
『ただの一度の生涯――寿命によって終えるのではなく、己よりも強き者に倒される終わり。なんとも痛快なものではないか』
それは、己の生涯を振り返るようにして。
『あぁ、そうだ。お主――名は何という?』
歴史は、ボクに名を問うた。
「カイル、です。カイル・ディアノス……です」
『……そうか、カイルよ。我から二つほど願いがあるのだが、良いだろうか?』
答えると彼はさらに重ねて言う。
ボクはそれに黙って頷くと、どこか満足気な息をついた。
『まずは一つ目だ。我が子をカイルの使い魔にしてやってほしい』
「使い魔……?」
こちらが首を傾げていると、両手のひらサイズのドラゴンが姿を現わす。
エンシェントドラゴンが我が子と言った竜は、どこか無邪気にボクの方へとやってくる。そしてピョンと、軽快に肩に飛び乗ってくるのであった。
「キュ、キュっ!」
『その子には、我のようになってほしくはない。外の世界を見て大きく、そして強く成長してほしいのだ。頼めるか、カイルよ……』
そして、可愛らしい声で鳴く。
親であるドラゴンは、そう続けてボクの名を呼ぶのだった。
「…………分かり、ました」
それにボクは頷いて答える。
この偉大なる竜の最後の願いなのであれば、受けないわけにはいかない。
ボクに何ができるのかは分からないが、最大限に広い世界を見せてあげようと、そう思った。きっとそれが、勝者の責任だから。
『感謝するぞ――そして、二つ目だ。これは願いというよりも、カイルへの感謝の印だ。我の鱗の一部を持って行くがよい。鍛えれば、相当の武器となろう』
「あ、ありがとう、ございます……」
ボクの足元に、大きな一枚の鱗が転がってきた。
拾い上げるとそれはズシリと重く、鋭い鉱物のようで、たしかに鍛えれば一級品の武器となりそうである。でも、ボクは魔法使いなんだけど……。
『これより後は、年寄りの戯言だ。聞き流せ……』
と、そんなことを考えているとドラゴンは何かを語りだした。
『カイルよ。お主からは、微かにヴァンパイアの匂いがしている。血に塗れた、古き者たちの匂いを発する者が近くに在るのであろう……』
「え……? ヴァンパイア、だって?」
その言葉に、ボクは耳を疑う。
まさかここで、ヴァンパイアなんて存在が話に出てくるなんて思いもしなかった。肩に乗った小ドラゴンは、小さく鳴きながら首を傾げている。
『注意することだ。いつ、寝首を掻かれるかは分からぬからな……』
そう言って、いよいよ声が遠くなっていった。
「ちょ、ちょっと待って!? もっと詳しく――」
『――済まぬな。もはや、これまでのようだ……』
ボクは思わず駆け寄り、しかし薄くなっていくその影に触れることはできない。
そして、直後に――。
「――――うわっ!?」
――一陣の風。
それに思わず顔を背けると、次に目の前にあったのは巨大な魔素の結晶。
あまりにもあっけない。それが、一つの歴史の終わり。
そして新しい世代への継承の瞬間であった……。
◆◇◆
洞窟の外へ出ると、雨上がりなのであろうか。
少し湿った、しかしどこか心地良い風が吹いていた。
「もう、夜なのか……」
「キュ、キュキュ!」
日はすっかり沈み、周囲は暗闇に包まれていた。
肩の上のドラゴンはどこか楽しげに鳴き、ボクはその頭を撫でる。
「みんなに、心配かけたかな。それに――」
――レオは、無事だったのだろうか。
ボクは唐突に、幼馴染みのことを思い出すのであった。
【転移の魔法具】の効果は、しっかりと発動したのだろうか。そのことが、少し気がかりでもあった。だがその前に、まずは――。
「――カイル! 大丈夫か!?」
そうだった、な。
まずは、自分のパーティーと、生還を喜び合わなくては。
暗闇の奥から、一人の赤い少女が駆けてくるのが分かった。ランタンに照らされた顔には怒りなのか、はたまた安堵なのか、分からない色が浮かんでいた。
「この馬鹿者! いったい、何を考えておるのだ。このこのっ!」
「あはは、ごめんね――レミア」
ボクは、その少女にポカポカと叩かれながら。
しかし自然と笑みを浮かべつつ、彼女の頭を撫でるのであった。
こうして、一つのクエストが終わりを告げる。
だがそれは同時に、新たな事件への一歩に違いなかった……。




