2.片道切符
最後はニール視点です。
「馬鹿な! そのようなクエスト、カイルに死ねと言っているようなものではないか! 何故、断らなかったのだカイル!」
ギルドの中にレミアの甲高い声が響き渡っていた。
するとギルドにいる他の冒険者は、何事かとボクたちの方を見る。
「落ち着いて、レミア。何も片道切符なわけじゃないからさ」
ボクはとりあえず少女を鎮めようと、そう言った。
しかしレミアの勢いはいっそうに増していく。ついにはこちらの胸倉を掴み、持ち上げた。その細腕のどこにそんな力があるのかと、そう思わせるほどのそれだ。
「どう考えても、地獄への片道切符ではないか! レッドドラゴンがどの階層にいるのか、知っているのか!? 十一階層だ! 今までと話が違う!!」
「いや、だから。ちょっとこれを見てよ……」
苦笑いを浮かべつつ、ボクはその手をそっと優しく払う。
そして、ポケットから一枚の紙を取り出した。
「……む。なんだ、それは?」
レミアは眉間に皺を寄せながらそれを見る。
「これは【転移の魔法具】――ですか?」
答えたのはボクではなく、リリスさんだった。
彼女は文様の描かれた紙を覗き込むと、見事にそれを言い当てる。
「そう。これは【転移の魔法具】――これに微量の魔力を送り込めば、ギルドに帰ってこられるようになってる。だから、危なくなればこれを使えばいい」
「む、しかし。だと言っても危険なことには、変わらぬだろう?」
「まぁ、そうなんだけど……」
どうにも、この少女を説得するのは難しそうだった。
それでもボクは、このクエストを受ける以外に道がない。何故なら――。
「――このクエスト、受けないと冒険者資格のはく奪、だってさ」
「なっ……!?」
「そんな!?」
そうなのだ。
ボクは、このクエストを受けないと冒険者ではなくなる。
したがって、無謀とも思われるこのクエストも、受ける他にない。ボクにとって冒険者であるということは、すなわち生きる意味なのだから。
「どうして、お前はそこまで……」
レミアはボクの目を見て、こちらの決心を悟ったらしい。
唇をかみしめて、握った拳を震わせた。
「ごめんね、レミア。それにリリスさん。これはボクと――」
「――カイル! そこにいたのですね!?」
「……クリム?」
そして、二人に決意の言葉を伝えようとした時だった。
前のパーティーの治癒術師――クリムが、慌てた様子で現われたのは。
彼女は息を切らして、ボクたちの方へとやってきた。立ち止まったクリムは呼吸を整え、しかし肩を上下動させたままにこう言う。
「カイル……っ! お願いします、レオを連れ戻して下さいっ!」
それは、ボクにとって聞き捨てならないものであった……。
◆◇◆
「ヴァンパイアを探して、だって……?」
「はい。そうなのです」
とりあえず混乱している様子のクリムをなだめて、ボクたちは事情を聴いた。
すると語られたのは、耳を疑う内容。それは――。
「――私が悪いのです。イリアの毒を治癒するためには、ヴァンパイアの力が必要だ、と。そのような夢物語を聞かせたばかりに……」
「……………………」
そう。あのレオが、ヴァンパイアを探して洞窟の最下層を目指した。
そんな、嘘のような事実。まさしく、狂気の沙汰とも思えることであった。
「冒険者の間で、まことしやかに囁かれている噂を鵜呑みにしたのです。彼は、イリアを救いたいがために、その一心で……」
クリムは涙を流す。
それは、心からの涙だと、ボクにはそう思えた。
「それで、クリムとやら。何故、お前はカイルに助けを求めた」
「貴女は、昨夜の……」
「レミア……」
そんな彼女に問いかけたのは、赤髪の少女。
どうやら二人は顔見知りらしい。肌を刺すような空気が、二人の間に漂う。
「それは……」
「答えろ。貴様からは、邪な気を感じる。それこそ――」
「――落ち着いてよ、レミア! ボクはどっちにしろ、そこまで行くから!」
「カイル……」
だけど、それをボクは遮った。
かつての仲間とはいえ、揉めることになるのは本意ではない。
それに、であった。ボクには行かなければならない理由がある。それは――。
「――約束、したんだ。レオと、昔に」
そう。
二人だけの、子供の頃に交わした約束だった。
それを胸に抱いて、ボクは立ち上がる。そして、歩き出した。
「カイル! カイル――!」
背に、レミアの悲痛な叫びを受けつつ……。
◆◇◆
窓の外から、ギルドを後にした青年――カイルの姿が見えた。
私はそれを見送ってから、自身の執務へと戻る。
「しかし、何を考えておられるのですか? ニール様。Bランクの魔法使いに、あのような無理難題を押し付けるなど……」
「良いのですよ。あれで」
「しかし! 死んでしまいますぞ、あの青年は!」
そんな私――ニールに異を唱える者がいた。
側近の一人であるラックである。彼は屈強な肉体に似合わぬ繊細な心を持ち、かつ優しい。そんな性格だからだろう。この男は、カイルに同情しているのだった。
「だから、大丈夫だと言っているのですよ。彼は死にません、絶対に」
「そんなこと、信じられませんっ!」
私の言葉を全力で否定するラック。
ふむ――どうやら、彼を説得するのは難しいようですね。
「では、賭けをすると致しましょう。私はカイルが生き残るに、金貨百枚」
「ニール様! 俺はそのような話をしているのでは――」
「――言葉を慎みなさい、ラック。死にたいのですか?」
「なっ……!」
そう考えた私は、軽く威圧する。
すると、たったそれだけでこの男は怯んでしまうのであった。
これ以上の殺気を向けたのに、平然としていたカイルとは正反対に……。
「私は無理なクエストは発注しません。まぁ、見ていて下さい」
「……分かり、ました」
そこまで言ってようやく、ラックは黙った。
私はそこでもう一度、青年の去って行った方角へと目を向ける。
「おや、どうやら一雨きそうですね」
その先にはまるで、これからの波乱を予期するかのような暗雲。
それに私は、どこか胸の高鳴りを感じるのであった。
「――ところで。ラックはどちらに賭けるのですか?」
「同じ方に賭けるのですから、それは成立しないでしょう……」
そんな会話をしながら、私は椅子に腰かけコーヒーを啜る。
さてさて。それでは、結果を楽しみに待つとしましょうか……。




