【第9回】 意識体の思惑
「昨日の夜、意識体が話し掛けて来たんだ。そして、こう言ったの。『イリヤケイゴの全てを観察しろ』って……、しかも、『インケイは、よく見ておく様に……』って……、そして、私のも、『良く見て貰え!』って……」
倉見は、そう言った後、自分の手で顔を覆ってしまう。その耳は真っ赤だった。
次の瞬間、俺は冷静さを取り戻す。それは自分でも信じられない事であった。
同時に意識体が「何を考え、そう言ったのか?」を薄々感じ取る。
全ての生命体は「生まれた瞬間」から逃れられない運命を背負う。それが「死」だ。しかも、例外が存在するものの、多くの生命体は〈オス〉と〈メス〉との共同作業を伴い〈誕生〉する。つまり、オスとメスとによって誕生した生命体の終焉である〈死〉と意識体が深く関係するのなら、誕生のプロセスに必要な〈モノ〉を「観察しておけ」と言っても不思議ではない。そうする事で〈死〉を、より強く、そして、深く理解出来ると意識体は考えたのだろう。
(意識体が『死』に深く関与しているのは間違いない)と、俺は確信しつつも、(倉見が『インケイ』の意味を理解していたとは……)と考えていた。もちろん、「インケイ」とは「陰茎」、つまり、男性器の事だ。
俺は自分の顔に冷笑が湛えられているのに気付いている。それを見て倉見が反応した。
「入谷君の顔、変!」
そこには驚きの表情が浮かんでいる。
彼女が俺の「冷笑」を、どの様に捉えたのかは知らない。だが、(その本意は話しておくべきだろう)と、口を開いた。
「意識体が言ったという言葉を聞いて、正確では、ないかも知れないが、その意図を俺は『感じ取った』様な気になったんだ……」
「それって、どういう意味?」と、倉見が喰い付く。その顔は赤面したままだったが、その赤味が急速に消え始めた。
「まぁ、慌てない……」と告げてから、続きを話す。
「倉見さんが言った通り、意識体は『死後の世界』と関連があるのは間違いないだろう。俺も、そう確信した。
意識体としても、その『死』をより強く意識して貰う為に、ある手段を思い付く。
その要因は、『あなたと裸で抱き合ってみたい……』という倉見さんの発言だったと推測した。つまり、どうせ裸になるのなら、生殖が関係する場所を観察させ、『誕生』を意識させる事で『死』をより強く印象付け様と意識体は考えたと推測する。
一方、その理由は不明だが、俺と倉見さんが『深い仲』になるのは『避けよう』と考えている筈だ。その証拠として、意識体は俺に対し、『『ほうよう』をしろ、禁止は『せっぷん』!』と告げたのは、この前、話した通り。つまり、意識体が俺を利用する際、俺……、これは『俺と倉見さんの二人』と換言出来るかも知れないが、性的興奮を覚えると、『何だかの問題』が生じてしまう為、そうならない様に『釘を刺した』と言える。
だが、これって、かなり無茶苦茶な考え方だ。敢えて、その説明はしないが、倉見さんも、そう思うだろう。
こうなれば、俺としては『冷やかな笑い』しか浮かべられない。そういう事だ」
「……」
倉見は黙ったまま俺の話を聞いている。その口を開く素振りも見せない。
俺は更に言葉を付け加えた。
「俺達が行おうとしている行為の目的は、意識体の言葉を理解する為の『実験』と捉えられる。そうなれば、『やる事』は、ただ一つ。その際、お互いの身体を観察する必要はない。こう言えば、俺の考えは察して貰えると思う……」
倉見は、「解ったわ」と告げた後、鋭い視線を俺に向け、「付き合わせて、ごめん」と言いながら、深々と頭を下げる。
「これも、何かの〈縁〉だ。俺も真剣に対応させて貰う」
それを聞いた彼女は頭を上げ、羞恥の表情を浮かべつつ、軽く微笑み、「よろしくね」と付け加えた。
(とは、いうものの……)
俺も「普通の健全な男子」だ。この後に行われる行為は、(男として持つ本能との闘いになるのは間違いない……)と痛感している。