【第21回】 前世の記憶がない理由
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チクノクサの話を聞く倉見の瞳は異常な程、輝いている。それも当然だろう。死直界という「死後の世界」の一部であるものの、自らが興味を持つ世界の話を〈当事者〉が説明しているのだ。
その瞳の輝きを彼も認識している筈であった。チクノクサは俺よりも、彼女に視線を向けて話している時間の方が長い。
だが、時折、倉見の表情が重くなり、疑問の表情を浮かべる。それも彼は見逃さなかった。
チクノクサが倉見に問い掛ける。
「何か疑問に思った事があるのか?」
それに彼女は応じた。
「死直界で人間の魂が三種類に分類され、その後、どうなるかは、ある程度、理解したつもりです。でも、真現界へ行った魂は仮現界へ転生し、再び肉体を得ますが何故、私達は『前世』の記憶がないのでしょうか?」
(あっ、それ、俺も聞きたい!)と思った瞬間、彼が、「当然の質問だ」と告げてから、「先に断わっておくが、この件に関して、儂も全てを知っている訳ではないが、死直界や真現界での〈常識〉とされている話をしよう」と付け加える。
その言葉に俺と倉見は黙ったまま頷いた。
「その魂が真現界から仮現界へと移動し、新たな肉体を手に入れ『誕生』した後、満一歳を迎える頃までは、真現界、及び、それ以前の仮現界……、ここでは倉見が言った『前世』という言葉を使用するが、そこで経験した事は覚えている。
仮現界に転生した魂は、そこで得た身体の目が開くのと同時に、周囲の観察を始めるのだ。
まず、母親を確認し、続いて、家族等を確認する。この時、まだ覚えている前世の記憶と現在の状況とを比較し、新しく誕生した仮現界に関して理解しようとするのだ。
半面、前世の記憶が、そのまま残り続けると返って支障となる場面も多々発生する。
例えば、前世ではフランスに生まれ、今回は日本で生まれた場合、前世の記憶が残っていれば、日本語を使用するよりも早く、慣れたフランス語を使ってしまうだろう。これは前世での経験や、そこで得た学問等に対する知識という面でも同じ事が言える。
つまり、前世の記憶が残ってしまうと、『生まれたばかりの赤ちゃんは何も知らない』という『仮現界の常識』が成立しなくなって、しまうのだ。
その為、意味を成さない『あー』とか『うー』という音しか発せない時期は別だが、単語が話せる様になるまで……、これは概ね満一歳頃になるが、この時期までに、『わざと前世の記憶が〈一時的に〉消える』様になっている。そうしないと、前世で使っていた言葉で、その記憶を雄弁に語り出してしまう可能性が高いからな。
場合によっては、前世の記憶が一部、残ってしまう事例もある様だが、『全てを覚えている』という事はない。
ここで一つ付け加えておくと、魂は輪廻転生を繰り返した際、仮現界の記憶が、はっきりと残っているのは、三回ぐらい前までらしい。それ以前の記憶は少しずつ消失して行くと言われている。人間が幼少期の記憶を徐々に失って行くのと同様に……。
まぁ、『強烈な記憶』は別らしいが……」
「なるほど、そういう事か……」と、俺は思わず呟く。
「謎が解けたわ!」と、倉見も声を発した。
ここでチクノクサが話を加える。
「仮現界に於ける『誕生』を数字の『零』に例えよう。そこからスタートし、『死』に向かって、『零』を『どの様な数字に変えるか?』が仮現界の存在意義と捉えられる。同時に、これは『魂の重さの変化』を意味しているのだ。その点は君達も理解出来るだろう。
しかも、その『誕生』を『零』とする事で何の先入観もなく、新たなるスタートが出来るのだ。換言すれば、魂にとって、『リセットされた世界』が仮現界である一方、『魂の重さ』という、これまでの蓄積が加味されるが故に、生まれる場所に於いて、自然的、社会情勢的事情が絡んだ差異……、『ペナルティ』が課せられた地域で誕生すると認識して欲しい」