【第19回】 管理人の研修
※
正直に言ってしまえば、俺はチクノクサの話を理解するのが、〈やっと〉であった。いや、その全てが解った訳ではない。
その一方、彼と副管理長との遣り取りが気になるのと同時に、ある疑問が湧く。
ここで倉見の口が開いた。その言葉に驚く。俺が思った疑問を、ほぼ、そのまま発したからだ。
「チクノクサさんは、長らく死直界から離れていた訳ですが、大丈夫だったのですか? 副管理長と呼ばれた人も、その件については深く触れませんでしたし……」
その問いにチクノクサが応じた。
「他の管理人に迷惑を掛けたのは確かだ。だが、儂がいなくても、実質的に問題はない。儂の〈片腕〉とも言うべき副管理長も、ここには、いるしな。
今回は儂のミスが原因だったが、研修で仮現界に送り込んだ管理人が何だかの理由により、戻りが遅れるのは日常茶飯事と言っても構わない。
更に加えるのなら、儂は上手い時期に仮現界へ行ったと考えているんだ……」
彼は、そう言った後、「管理人の研修」に関する話をした。それを要約すると、こんな感じになる筈だ。
仮現界の状況は刻一刻と変化している。その最大の要因は「人間の動き」だと彼は明言した。その動きを実際に確認する為、管理人は「研修」と称して、仮現界への視察を行っているのだという。
何だかの理由で……、その多くは「これまでと人間の動きが大きく変わった時」らしいが、研修期間が極端に伸びる事も珍しくはなく、副管理長が以前に行った研修では、約百二十年に渡り仮現界にいたと聞かされた。
チクノクサによれば、「最近の仮現界は、これまでと異なった動きが多発している」と感じたらしい。具体的事例として彼は「テロ行為」を挙げたが、その詳細には言及しなかった。
半面、「人間が仮現界で何をしようが、我々には直接関係ない」とも言い切る。
「我々は自らに与えられた任務を確実に遂行するだけだ。仮現界で人間が一度に何人……、いや、十万、百万という単位で死のうが関係はない。だが、『人間の動き』が変わる事により、死直界が持つ役割に変化をもたらす場合もある。これに対応する為、『人間の動き』には注意を払っているのだ」と、彼は俺達に説明した。
「儂は今回、仮現界へ行き、そこでの『変化』を感じ取った……、その根拠は明白ではないが……。ただ、事前の情報収集が我々の〈武器〉となる可能性もある。そういう意味で今回、仮現界へ行ったのは『正解』だと考えているのだ」と付け加える。
ここで再び、倉見の口が開いた。それは俺が抱いた疑問と同じである。
「私、先程から死直界の様子を見ていたのですが、『驚く程、淡々と魂の分類が行われている』としか思えないんです。ここで管理人は、どの様な役割をしているのですか?」
その問いにもチクノクサは平然と答えた。
「倉見が言った通り、ここでの『作業』は、淡々としたものだ。〈あの岩〉が『魂の重さ』を計測して、それに応じた分類を行うだけ。魂としての『私情』も加味されなければ、我々管理人が『何か』をする訳でもない。言い換えれば、『淡々と作業が進むのを我々は監視しているだけ』とも言えよう。
だが、時折、例外が発生するのも事実だ。『死んだ人間の魂』が岩を通過する際に例えば、『緑』と『黄色』の光が一緒に発せられる場合もある。その時は『どちらの光が、より強いか?』を判定する必要があるのだが、これを複数の管理人によって行うのだ。つまり管理人は『イレギュラー発生時の判定役』という責務も負っている。この判断は『絶対に間違えてはならぬ問題』だから相当、神経を使うのも事実だ」
確かに倉見が指摘し、チクノクサが言った通り、死直界の中心部で行われている〈作業〉は淡々としたもの……、オートメション化された工場を彷彿とさせる風景とも言えた。もう少し具体性を持たせた表現をすれば、農産物を収穫した際、その大きさ等を〈選別機〉によって自動的に〈分類〉する場面と酷似していると言えよう。
(人は死んだ直後、その魂は、設定されたマニュアルに従って、機械的に『処理』されてしまうんだ……)
俺の脳裏に、その事実が強く刻みこまれた瞬間でもある。