【第18回】 真現界
チクノクサの話が続く。
「現状で救痛魂の数が不足しているのは確かだ。だからと言って、死直界では救痛魂を意図的に増やしていない。つまり、救痛魂は『休む暇も与えられず苦痛を受け続けている』という状態だ。その一方、死直界で救痛界行きが決まる新規の救痛魂も後を絶たない。それは、あの岩が赤く光った時である」
(さっき、一回だけ、赤い光が灯ったな……)と、俺は金属探知機の様な物に視線を向けた瞬間だった。そこが赤く光り、イスに座った魂は、その先にあるエスカレータへと運ばれ、消えて行く。
(やはり、下りエスカレータだったんだ……。しかも、その先が救痛界……)
俺は、そう考えながら、倉見の顔を見た。彼女も下りエスカレータを凝視したままである。そして、呟いた。
「こういう仕組みに、なっているのね……」
倉見は彼女なりに、この死直界を理解する努力をしているのだろう。その顔は真剣そのものである。
「さて……」と、チクノクサは言って、言葉を続けた。
「残る真現界の話だが、ここにある岩が『緑色』に光ると、その魂は真現界へと向かう。
正面右側にある扉が真現界の入口だ。
入口となる扉は一つだが、その中には十の部屋がある。各々の部屋は『第一級』から『第十級』にランク分けされ、魂が重い程、上位の部屋……、第一級に近い部屋へと向かう。
真現界に十の部屋があるのは、魂に対してランク付けを行う為のものだ……。
と、今、儂は『断定的な言葉』を使ったが、厳密に表現すれば、これらの話は真現界の管理人から聞いたものである。
同じ管理人でも、死直界の管理人は真現界への立ち入りは許されておらず、逆もそうだ。更に、これは救痛界でも同様である。
一方、各々の管理人が情報交換する場所は設けられており、自分が関与している世界以外の話は全て、そこで聞いた『伝聞』である事を付け加えておこう。
話を戻すが、輪廻転生する際、魂が重い程、生活環境等が優れた場所へと送り込まれる。換言すれば、魂が軽ければ、軽い程、『ペナルティ』が課された状態で仮現界へ『転生』するという訳だ。当然、自然環境や社会情勢という意味に於いて『厳しい場所』で生まれる事になる。
仮現界で『善行』……、『良い行い』を続け、魂が重くなれば、真現界に戻って来た時にランクが高い部屋に通される。逆に、『悪行』……『悪い行い』を重ねれば、魂が軽くなり、ランクの低い部屋へ入れられるのだ」
俺には……、おそらく、倉見の目にも、そう見えていると思われるが、イスに座った人が金属探知機の様な物を通過する際、ほとんどの場合、緑色の光を放つ。そして、この部屋の右前方にある扉の前まで進むと、そのドアが開き、中へと消えて行く。
ここからは、その扉の向こう側に部屋がある様には見えないが、チクノクサが言う通りの構造になっているのだろう。
※
ここで一人の人物……、この「人物」という表現が正確でないのも解っているが、一人の人物が俺達に近付いて来た。
(座っていないから、『死んだ人間の魂』じゃないな……。ここの管理人か?)と思っていると、チクノクサに対して、微笑みながら声を掛ける。
「管理長、長い、お休みでしたね……、というより、よく、戻って来られましたね、仮現界から……」
それに彼が応じた。
「いやー、参った! 仕事という意味では副管理長の君がいるから全く心配は、なかったのだが、儂自身がどうなるか……。幸いにも、ここにいる倉見と入谷によって、無事に戻って来る事が出来た。時間は、かなり掛かったが……」
副管理長と呼ばれた、その人物は俺達に視線を向け、言葉を発する。
「僕達の上司が、お世話になりました。色々と、ご迷惑をお掛けしたでしょう。僕からも、お礼を申し上げます」と言って、深々と頭を下げた。そして、頭を上げてから、今度はチクノクサの顔を見て、「お礼を兼ねて、死直界の案内ですか?」と、相変らず微笑みながら尋ねる。それに彼が応じた。その顔は真剣である。
「仮現界の様子が少し変だ。近い内に〈何か〉が起こるかも知れない。そんな雰囲気を強く感じた。この二人に『一肌脱いで貰おう』とは考えていないが、死直界や救痛界に関して、正確に理解して貰った方が良い筈だと判断している」
副管理長もチクノクサの表情に気付いた様だ。
「解りました。取り敢えず、私はこれで……」と言いながら、真剣な表情を湛え、俺達の傍から離れて行く。