【第17回】 魂の重さ
その瞬間、金属探知機の様な物が黄色の光を放った。
イスに座った人は微動だにせず、その前面にある観音開きの扉の前まで運ばれて行く。そして、そのドアが開き、その向こうへと消えた。同時に扉が閉まる。
「あの扉の先には何もない。つまり、人間の魂は扉が閉まった瞬間、消滅するのだ」と、チクノクサが告げた。
「魂の消滅……、それは『完全な死』……」と、倉見が呟く。
同時に俺の脳内で〈何か〉が形になる。それは直ぐに〈疑問〉へと変化した。
チクノクサに対して、「質問をしても、いいですか?」と尋ねてみる。それに対して、「構わない」と、彼は応じてくれた。
そこで俺は自らの中に発生した疑問を口にする。
「何人殺せば、『魂の消滅』になるのかは知りませんが、例えば十人殺せば、その対象になったとしましょう。もし、その数を遥かに超えた殺人者……、千人とか万人という単位で人間を殺戮した場合も、『魂の消滅』という同じ対応しか行わないのは、不公平だと感じましたが……」
「その意見は当然である」と、チクノクサは言って、話を始めた。
「はっきり言ってしまうと、『何人殺せば、魂の消滅対象になる』という基準はない。あくまでも『魂の重さだけ』で、それが決まるからだ。
同じ数の人間を殺したとしても、健康で無抵抗の人間を殺すのと、病気等で余命が、ほとんどなく、その苦痛から解放させる為に人を殺すのでは意味が違うからな。前者の場合、魂の重さは確実に減る。だが、後者の場合、その重さが減らない時もあるのだ。その点に関しては『情状酌量』が加えられる事もある。
一言で『殺人』と表現しても、魂の重さに於ける『減り方』は、各々のケースにより、異なっていると認識して欲しい」
俺と倉見は、その言葉に黙ったまま頷く。
「入谷が指摘した通り、仮現界に於いて『大量殺人』を行った、又は、それを命じた人間達は間違いなく存在する。確かに、その様な連中に対して『魂の消滅』だけでは不公平感を覚えるのも当然だろう。
それが原因となって、ここでは、もう一つの世界が発生した。それが『救痛界』だ。
この救痛界に関して、儂は先程、その名称だけを登場させたが、その時、『落ちる』という言葉を使った。その真意は正に『地獄の苦しみを味わう為の世界』だからだ。
具体例を出そう。
仮現界に於いて人間が死ぬ際、想像を絶する痛みを伴う場合も少なくは、ない。だが、その様な状況下でも安らかに死を迎える人間もいる。この時、救痛界へ落ちた魂が活躍するのだ」
俺は、この話に喰い付く。
(祖父の死に対する謎が解けるかも知れない)と考えたからだ。倉見も、その事に気付いたらしい。
「静かに彼の話を聞きましょう」と、俺に向かい言ったのだ。それに応じる形で一度、首を縦に振ってから、「続きを」とチクノクサに声を掛けると、彼は再び口を開いた。
「救痛界にも死直界同様、専門の管理人がいる。彼等は仮現界と密接な繋がりを持っており、死に瀕し、かつ、強烈な痛みを伴っている人間に対して、救痛界に落ちた魂……、これを我々は『救痛魂』と呼んでいるが、救痛魂を、その人間に送り込む。
対象となった人間の魂は肉体の中に残るが、痛みは救痛魂が引き受ける事になる為、本来の魂は痛みを感じなくなり、同時に、その人間も痛みから解放され、安らかな顔付きになるという訳だ。
多くの場合、その人間は、このまま死を迎えるが、その魂は死直界へ来る。一方、救痛魂は直接、救痛界へと強制送還され、再び、苦痛を伴いながら死を待つ人間へと送り込まれ、これが永遠に続く。
一度、救痛界へ落ちた救痛魂は『消滅』が許されず、それこそ永遠の魂を『他人の苦痛を受ける為だけ』に捧げるのだ。
ここで一つ付け加えると、救痛界の管理人が判断した場合、『死に瀕していない人間』に対して、救痛魂を送り込む事もあるらしい。この辺の詳細は知らないが、同様の事例に関して儂は小耳に挟んでいる」
(俺の祖父が、その例かも知れない……)
多数の臓器に末期癌を抱えながら、「痛い」とは一言も言わずに亡くなった祖父。ここに救痛魂が関係していたのか、どうかは判らないが、その存在を知った今、祖父の様な「死に方」が出来る理由を理解したのも事実である。