【第14回】 死直界へ!
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八月八日。俺と倉見が『死直界』へと向かう日となる。
倉見を通じて、チクノクサに呼び出されたのも、例の神社であった。ここで二人は手を繋ぐ。この際、「恋人握り」にするのが当然となっていた。
チクノクサの言葉が脳内で聞こえる。
「これから死直界へと向かう。君達は、そこのベンチに座っているだけで良い。後は儂が全てを行う」
そう告げられた次の瞬間、俺は軽い眩暈に襲われ、同時に意識が遠のくのを感じる。その際、何故だか、握った倉見の手だけが異常な程、意識された。しかし、次第に、それも感じなくなる。
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そこは東京都内にある地下鉄の駅構内を彷彿とさせる場所であった。
階段と併設された長い……、しかも、相当、長いエスカレータが、そこにある。だが、上り用しか存在しない。
そして、駅とは決定的に異なっている点として、このエスカレータを利用している人の全てが、学校の教室で使われている様なイスに座っていたのだ。
(座った人達……、これが『死者の魂』なのか!)
俺の横には倉見がいる。その手は握り合ったままだ。
今の俺達に「肉体」は、存在しない筈だが、彼女の手を強く感じていた。もしかしたら、「そう感じているだけ」なのかも知れないが……。
二人の前には人がいる。エスカレータを見ていた、その人は俺達の方を向き、「ここが死直界の入口から少し入った場所だ」と告げた。初老の男性である。
(この人が死直界の管理長であるチクノクサだな……)と思った瞬間、彼の口が開く。
「君達には、どの様に見えているのかね。この魂の行列と、この場所を……」
その問いに倉見が答えた。
「長い上り専用のエスカレータがあります。ただ、これを利用している人はイスに座っていますが……」
倉見も俺と同じ光景が見えている様だ。彼女の言葉を受ける形で、「俺にも、そう見えます」と応じる。
チクノクサが説明を始めた。
「実は過去に何人か『死んだ人間ではない魂』を死直界へ連れて来ているのだが、その際、死直界の見え方は、その人間によって違う事に気付く。儂も、その人間が『どの様に見えているのか』を理解している訳ではない。だが、その『見え方』は違っても、『内容は同じ』という点は理解して欲しい」
(そうか、『見え方』が違うのか……、確かに、人間の死が関係する場所にエスカレータがあるのは変だ……)
そう考えた時、倉見が俺に話し掛けた。
「私達が解り易い光景として見えているのかも……、この世界……」
その言葉に、「そうかも知れない」と、俺は応じる。
チクノクサの言葉が続いた。
「死者の魂は君達が今、生きている世界……、我々は『仮現界』と呼んでいるが、そこから死直界の中心部へ向かう。ここは、その途中ともいうべき場所だ。
先日、話した様に死者の魂は睡眠状態にある。よって、魂が騒ぎ立てる様な事態は発生しない。ただ整然と死直界の中心部へと向かうだけだ。
これから、我々も死直界の中心部へと向かう」
そう言ったチクノクサはエスカレータの横に設置された階段を上り始める。俺と倉見も、その後に続いた。
この時も、お互いの手は握り合ったままである……、いや、「そう、感じていた」だけかも知れないが……。
その長い階段を上り切った所にある部屋の様なスペースを俺は何故か、「空港内にある保安検査場」と認識した。
ここには窓がない。部屋の右側と正面の奥には〈観音開き〉の扉があり、左側の奥にはエスカレータの様な物がある。直感的に、(下り専用だな)と俺は感じていた。その根拠は、なかったが……。
そして、この部屋に関して、「保安検査場」と思った最大の理由が、その中央にゲート型金属探知機の様な物があったからだ。