【第12回】 チクノクサの失敗
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八月二日。俺は倉見に呼び出される。
「意識体……、チクノクサが入谷君と会いたがっているんだ」と、その理由を話す。
二人は例の神社へ向かい、その裏手にあるベンチへと腰を降ろした。
(それにしても、この神社、境内で人を見掛けた事がないな……)と考えつつ、倉見と手を繋ぐ。それは自然と恋人握りになった。
ほぼ同時にチクノクサの言葉が俺の脳内に流入し始める。
「『死直界』に関して、予備知識的な話をする前に儂の『失敗談』について語ろうと思う。これも、後々、重要となるキーワードを含んでいるから、最後まで聞いて欲しい」
俺は、頭の中で、『解りました』と応じる。倉見も、同様の言葉を思い浮かべたのだろう。その首が縦に一回、大きく振られた。
余談になるが、俺はチクノクサに対して、比較的丁寧な言葉を使う……、正確に表現すれば、「使っていた」のだ。その理由は自分でも理解していない。ただ、自らを示す際、「儂」を使うチクノクサを「年上」と捉えたのが、その一端であるのは間違いないだろう。
チクノクサの話が始まる。
「詳しい説明は後に行うので、今の段階では人間が死ぬと、その『魂』が『死直界』に行くという事だけを理解して欲しい。
先日、話した様に儂は、死直界の管理人、しかも、上位の管理職である管理長だ。『人間の魂』とは関係が深い。この『魂』についても、後に詳しく触れよう。
私には部下が十五人いる。君達からすれば、我々の様な存在に対して、『人』という言葉を使うのは変化も知れないが、適当な言葉が思い浮かばないから、『人』とするが、この管理人達は時折、君達が住む『この世界』に『研修目的』で派遣される。その理由も今は話さないが、取り敢えず、そう理解して欲しい。
儂自身、管理職になる前は、この世界へ研修に来た事がある。その回数は多過ぎて正確には覚えていないが……。実は、この研修は管理職になると行われない。その一方、研修する管理人に対して、この世界に派遣する段取りを付けなくては、ならないのだが、そこで手違いを起こしてしまった。
実際に研修対象の管理人を、この世界に送り込もうとした時、間違って儂自身を送ってしまったのだ。儂は、この世界に送り込んだ管理人を『死直界へ戻す』という役割を担当している。つまり、儂を死直界へ戻す者が『死直界に存在しない』という状況に追い込まれたのだ。儂は焦った。
研修目的で、この世界に来た死直界の管理人は、実体を持たない『霊』の様な存在のまま、この世界を見て回り、その現状を把握する事を目的としている。原則として人間には憑依しない。
これは余談だが、人間の中には、『霊が見える』と公言する者がいる。その全てではないが、我々の姿を何だかの理由で察知出来る者がいるのも事実だ。ごく一部であるが、人間達が言う『霊』が我々であるのは間違いないだろう。
それは、それとして、儂は自らの失策により、この世界に来てしまう。しかも、死直界に戻る術がない。仕方なく儂は自分と〈相性〉が良い人間を探す事にした。
その時、出会ったのが倉見である。彼女には元々、特殊な能力……、この世界では『スピリチュアル』と言う様だが、本来、人間が持ちつつも、それが発揮出来なくなった能力を保持し続けていたのだ。
『この娘なら、しばらくの間、儂の身を委ねても良い』と判断し、憑依する。そして、この間、死直界に戻る方策を考える事にした。だが、実質的には何も出来ないまま時間だけが過ぎてしまう。
儂の焦りは頂点を迎えた。その時、現れたのが入谷だったのだ。
『こいつ、儂とシンクロ出来るかも知れない』と、思いつつも、入谷が持つ〈能力〉を確認する為、慎重に探りを入れる。その結果、『入谷は使える!』と確信した。
儂も倉見の現状を正確に把握していた訳では、ないが、『何かと忙しそうだ』と思った為、余り積極的に動かずに倉見の様子を見守る。そして、ある時、精神的緊張感が和らぐ時が訪れた。儂は、『今だ!』と考え、倉見に数々の情報を送り込む。
しかし、完全に理解して貰えたのは、『入谷啓吾と一緒なら、儂の話が解るかも知れない』だけだった。それでも、儂にとっては千載一遇のチャンスと捉え、情報を送り続ける。その甲斐があり、倉見が動いた。裸で入谷と抱き合ってくれたのだ」