【第10回】 「死直界」の管理人
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生まれたままの姿で倉見と抱き合った後、俺と彼女は例の神社へと向かった。ベンチがある、その裏手に到着したのは午後三時頃である。
場所を神社の裏へと移したのは、多少なりとも「人の存在」を気にしなければ、ならない場所の方が「冷静に話せる」と考えたからだ。端的に言ってしまえば、密室状態である俺の部屋に長くいると「間違い」を起こす可能性も否定出来ない。その為、「密室ではない場所」へと移動したのだ。
正直に言ってしまえば、倉見を抱きしめた当初、俺は、かなり興奮していた。だが、それを掻き消す事態が発生してしまう。俺の脳内へ倉見に憑依した意識体が話し掛けて来たのだ。しかも、これまでとは異なり、全てではないものの、意味が解る日本語で……。
意識体の話によれば、俺と倉見が裸で抱き合った事により、お互いの「精神的意思の疎通レベル」が同じになったという。この点に関しては、「よく解らん!」というのが本音であるが、「裸で抱き合う」という行為によって、倉見と身体の一部……、それは、手と手が触れ合う程度の接触でも意識体の言葉を俺の脳内に流し込める様になったらしい。
同時に倉見にも変化が現れる。
元々、意識体が発する言葉を理解出来る人間は、かなり少ないという。倉見程度の理解力でも〈上出来〉との事であった。一方、相当、稀な存在として、意識体の言葉を高いレベルで理解する能力を持った人間も存在する。それが俺だったのだ。
あくまでも、これは例として受けた説明だが、意識体の言葉を理解する為の「翻訳機」を俺も倉見も持っている。俺の翻訳機は完全ではなかったが、そのままの状態でも意識体の話が理解出来る状態だった。しかし、彼女の翻訳機は、その〈チューニング〉が出来ておらず、「その一部しか理解出来なかった」のだ。
俺と倉見が裸で抱き合い、「精神的意思の疎通レベル」が一緒になった事で彼女側の翻訳機も俺と同調し、その話が理解出来る様になったという。
実質的に意識体と「理解出来る会話」が出来る状態となった俺や倉見は質問したい事柄が〈山の様〉にあった。だが、それを思い付くまましても、事態が混乱するだけなのは明白だ。
(体系的に理解して行かなければ……)と考えたものの、何を、どこから質問すれば良いのか、見当も付かない。それは倉見も感じていた様だ。
「何から聞けばいいのかな?」
今、俺達は、その手を握り合っている。しかも、恋人握りだ。彼女と裸で抱き合った結果、意識体の話を俺が聞く場合、そこまでする必要は「ない」との事であるが、二人は無意識の内に、そうしていたのだ。
俺達の声は意識体に聞こえている。いや、実際に声に出さなくても、意識体を強く意識すれば、頭の中だけで、その存在との会話も可能であった。
意識体の話によれば、「儂に向けられた言葉のみが鮮明に捉えられる。それ以外、脳内で考えている内容は理解出来ない」らしい。それを聞いて俺は少し安心していた。
(頭の中で考えている全ての事柄を意識体は〈読み取っている〉訳ではないんだ)と。
俺と倉見はお互いの顔を見詰めたままだった。間違いなく彼女は、(この後、どうしたら良いの?)と考えていた筈だ。俺が、そうだった為である。
ここで意識体が言葉を発した。
「儂が関与しているのは、君達が言う『死後の世界』だ。正確には我々が『死直界』と呼ぶ、人間が死んだ直後、最初に『魂』が行く場所である。後々、死直界や魂の話をするが、儂は死直界の管理人……、しかも、『管理長』と呼ばれる死直界では上位の管理職である事は最初に告げておこう」
そう言ってから、「儂の名前は『チクノクサ』だ」と自己紹介をし、更に話を続けた。
「形として儂は倉見に『憑依』した状態となっている。これには訳があるのだが、その件は後々に言及するとして、現状で儂は死直界へとは戻れない身となってしまった。だが、入谷が持つ〈能力〉を利用すれば、儂は元の世界に戻れる筈だ。その際、君達には一度、死直界まで来て貰う……、もちろん、『死んで』という意味ではなく、この世での『生』を維持したまま死直界へ行くのだが、その際、二人には特別に死直界を案内しても構わないと考えている。何しろ二人は『死語の世界』に興味があるらしいからな……」
チクノクサの言葉に俺と倉見は視線を向け合う。彼女の顔には驚きと共に好奇が満ちており、俺も同じ表情をしていた筈だ。




