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キネマ・エレジー  作者: サニー
あけぼの荘
3/9

 アカネと酒盛りをした次の日、交通事故にあった少年が運び込まれてきた。

 七才、小学校の二年生。下校後、友達と遊ぶ約束をして自転車で出かけ、信号で左折してきた車にはねられた。全身を強く打っていて、運ばれてきた時には意識がなかった。


 医師も、千枝たち看護師もできることはすべて手を尽くしたが、意識は回復せず、夕方の五時すぎに心臓が止まった。母親の悲鳴のような泣き声が病室に響き、千枝はがたがたと体が震えて、そっと壁に寄り掛かって体を支えた。看護婦になって五年になるが、千枝はいまだに自分が看病をした患者の死を、受け入れるということができずにいた。


 そんな千枝を、以前勤めた病院の老医師は「医者や看護婦が、患者さんの死に慣れてしまったらおしまいです。悲しんであげることは、けして悪いことではありませんよ」と慰めてくれた。

 けれど、たった七年で断ち切られた命、我が子を奪われた両親の悲しみを目の当たりにすると、その残酷さと理不尽さに押しつぶされてしまいそうになる。今もまた、もしかしたら看護婦に向いていないのではないかと思いながら、涙をこらえるためにきつく唇を噛んだ。


 帰り道に自動販売機で缶ビールを四缶買って、部屋に戻るとすぐに飲み始めた。涙がとめどなくこぼれ落ち、泣いても泣いても止まらなかった。千枝は飲んでは泣き、飲んでは泣きして、小一時間ほども泣き続けた。


 部屋のドアを誰かが遠慮がちにノックする音がして、千枝は驚いて顔を上げた。


「はい……」

 ドアの外でしわがれた咳払いが聞こえた。


「隣りに越してきた藤田という者だが……」

 

 千枝は急いでタオルで顔をぬぐってドアを開けた。そこには骸骨のように痩せて、頬骨の出た老人が立っていた。


「泣き声が聞こえたような気がしたもんで……」


 藤田という老人は、どもりがちに言った。


「あ、ああ、心配かけてごめんなさい」


「あんた、看護婦さんかね」


「ええ、でもどうして……?」


「薬の匂いがするもんだから」


 自分ではわからないが、以前にも何度か同じことを言われたことがあった。


「入院していた患者さんがさっき亡くなって……」


「そうか。それは……邪魔をして悪かったな」


 藤田はそう言うと会釈をして自室に戻っていった。

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