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アカネと酒盛りをした次の日、交通事故にあった少年が運び込まれてきた。
七才、小学校の二年生。下校後、友達と遊ぶ約束をして自転車で出かけ、信号で左折してきた車にはねられた。全身を強く打っていて、運ばれてきた時には意識がなかった。
医師も、千枝たち看護師もできることはすべて手を尽くしたが、意識は回復せず、夕方の五時すぎに心臓が止まった。母親の悲鳴のような泣き声が病室に響き、千枝はがたがたと体が震えて、そっと壁に寄り掛かって体を支えた。看護婦になって五年になるが、千枝はいまだに自分が看病をした患者の死を、受け入れるということができずにいた。
そんな千枝を、以前勤めた病院の老医師は「医者や看護婦が、患者さんの死に慣れてしまったらおしまいです。悲しんであげることは、けして悪いことではありませんよ」と慰めてくれた。
けれど、たった七年で断ち切られた命、我が子を奪われた両親の悲しみを目の当たりにすると、その残酷さと理不尽さに押しつぶされてしまいそうになる。今もまた、もしかしたら看護婦に向いていないのではないかと思いながら、涙をこらえるためにきつく唇を噛んだ。
帰り道に自動販売機で缶ビールを四缶買って、部屋に戻るとすぐに飲み始めた。涙がとめどなくこぼれ落ち、泣いても泣いても止まらなかった。千枝は飲んでは泣き、飲んでは泣きして、小一時間ほども泣き続けた。
部屋のドアを誰かが遠慮がちにノックする音がして、千枝は驚いて顔を上げた。
「はい……」
ドアの外でしわがれた咳払いが聞こえた。
「隣りに越してきた藤田という者だが……」
千枝は急いでタオルで顔をぬぐってドアを開けた。そこには骸骨のように痩せて、頬骨の出た老人が立っていた。
「泣き声が聞こえたような気がしたもんで……」
藤田という老人は、どもりがちに言った。
「あ、ああ、心配かけてごめんなさい」
「あんた、看護婦さんかね」
「ええ、でもどうして……?」
「薬の匂いがするもんだから」
自分ではわからないが、以前にも何度か同じことを言われたことがあった。
「入院していた患者さんがさっき亡くなって……」
「そうか。それは……邪魔をして悪かったな」
藤田はそう言うと会釈をして自室に戻っていった。