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作戦通りにフィアットと共に巡回に出たユーリーンは後悔をしていた。
大人しく内勤をしていれば良かったと思い、目の前の言い争いを見ていた。
「てめぇどこに目ぇつけてんだぁ?ああ?」
「ぶつかったのはそっちだろう。見ろ!この服が泥で汚れただろう」
「いい加減なことを言うなよ。お坊ちゃんが」
如何にも良いところの家の嫡男ですという恰好と荷物持ちですという侍従が付き従っていた。
そんな二人組と言い争っているのは荒くれ者ですと宣伝しているような恰好の男だ。
そこに軍人ですと身分を明かして割り込んだところで何の効力も持たない。
だけど見て見ぬふりはできないというジレンマを抱えることになる。
騒ぎになれば巻き込まれることを恐れる住人から申告が入るだろう。
「フィアット、あれ、どうする?」
「殴り合いでもしてくれれば制圧できるのに腰抜けめ」
「物騒なことは止めて」
「あの絡まれている坊やは確かドルスラ子爵家の末っ子だったはず」
フィアットの言葉遣いは物騒なことが多いが代々軍人を輩出している公爵家令嬢だった。
パーティなどに顔を出しているから貴族の顔は全て覚えていると言っても良い。
その記憶力でどこまで覚えているのか分からないが貴族と軍は切っても切れない関係でもあるから重宝していた。
「助けないとまずいかな?」
「軍に寄付をしたことはないが当主が年老いてから産まれた嫡男であるから何かあれば軍に文句を言ってくるとは思う」
「無鉄砲に行く辺りは甘やかされてるようね」
「仕方ない。あまり権力は使いたくないのだが坊やを助けるとしよう」
フィアットの軍服には軍章の他に爵位を示す紋章が縫い付けられている。
庶民なら知らないが貴族ならば教えられる常識とも言えることだった。
「諸君ら、待ちたまえ」
「あぁ?軍人が何でしゃばってんだ?引っ込んでろ」
「そうしたいのは山々なのだが貴族の端くれとも言える坊やの所業を同じ貴族として見過ごすことはできない」
軍服の紋章に気づいた荒くれ者の男は口を噤んだ。
それに軍章が第三特務部隊のものだというのも知識があったのだろう。
一歩下がった。
それを見て、貴族の威光に恐れをなしたと勘違いをした少年は更に言い募ろうとした。
「ふん、初めから身分を弁えていれば良いのだ」
「身分を弁えるのは貴様の方だ」
「何?僕を誰だと思っている!ドルスラ子爵家の嫡男だぞ!」
「坊やにも分かるように名乗ってやろう。わたしはモーラン公爵家当主の妹であるフィアットだ。この意味が分かるか?
「えっ?あっ・・・うぅ」
甘やかされてはいるが身分階級については教えられていたのだろう。
怒りで顔を真っ赤にしていたが、口を挟んできたフィアットが公爵家だと知って今度は真っ青にしていた。
後ろにいる侍従も真っ青にして怯えていた。
「この争いは、わたしが預かるが良いか?」
「ここは預けねぇといけないのは分かりますけどね。腹の虫が収まらないのはどうしたら良いですかねぇ?」
「ふむ、では大銀貨が一枚ある。これで収めることはできるか?」
「えぇそれはもう」
引き際は弁えているがフィアットが公爵家と知って交渉してくる辺りは慣れているのだろう。
大銀貨を受け取るとそそくさと離れて仲間と合流していた。
おそらくは世間知らずの貴族の令息に言いがかりをつけて金を巻き上げて日銭を稼いでいた。
それをいちいち相手にしているほど軍も暇ではないし、護衛なしで出歩く方が悪い。
「さて、貴様らに三つのことを申し付けよう」
「おっお待ちください。どうか、どうかお怒りをお鎮めください」
震えていた侍従がその場に伏せて許しを請うた。
侍従の立場で公爵家の者に発言することも不敬になるが、仕える主人を守りたい一心なのが見て取れた。
「侍従ごときの詫びで許すほど公爵家は甘くないが、今から言う三つができれば考えよう」
「ありがとうございます」
「一つ、ついて来い。話はそれからだ」
フィアットが町に用意している隠れ家に向かった。
後ろでは侍従が令息を抱えて歩いている。
公爵家に喧嘩を売ったとなれば、子爵家では取り潰されても文句は言えなかった。
「はぁ」
「フィアット?」
「貴族らしく振る舞うのは大変ね」
「そうだけど、私はその口調の使い分けの方が大変だと思う」
普段は貴族令嬢らしいかと言えば疑わしいが女言葉に近いのだが、いざ外回りになると威厳を保とうとして男言葉になる。
もう慣れているから良いが初めてのときは驚いた。
「それで、残り二つのことは何を言うの?」
「簡単なこと。一つは今回のことを黙っておくこと。一つはアルベンスという男を調べること」
「黙っておいて意味あるの?」
「十分に」
フィアットは軍に所属している今の状態で家の権力を振りかざすつもりはなかった。
今回のことで子爵家が軍に文句を言っても困るが、詫びとして公爵家に出入りされても困る。
処罰しなければ公爵家の威厳は保てないが、わざわざ子爵家の嫡男が騒いだことに関わりたくない。
フィアットにとっては些末事であるから無かったことにしたい。




