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アルベンスと話したことで時間がいつもよりかかった巡回から駐屯所に戻った。
ユーリーンは割れそうなくらいの頭痛に悩まされながら廊下を歩く。
「・・・ただいま戻りました」
「おかえりなさい、ユーリーン」
顔色の悪さからユーリーンが“スペル”酔いを起こしているのに気づいた。
精神に作用する“スペル”に自分の意志で反抗したときに出る症状だ。
程度に差はあるが重度になると吐き気や眩暈や耳鳴りに悩まされる。
「相手はかなりの使い手のようね」
「頭が割れそうよ」
「薬草茶よ。飲みなさい」
ヴィヴィはどろりとした緑色のお茶を出した。
色からして苦そうで飲むのに勇気がいった。
机ではアイスクリームを口の周りにつけながら一心不乱に食べている隊長がいる。
「うっ、ぐっ、はぁ」
「フィアット、どうかしら?」
「かかってはいないけど、これ以上、反抗したら気づかれると思う」
“鑑定”ではユーリーンは問題ないと判断されたが、反抗しすぎると相手が不審に思ってしまう。
“スペル”にかからない“スペル”を持っている者もいるが、そのときは“スペル”酔いを起こさない。
「しかも“スペル”を使い慣れているわ」
「ますます厄介ですわね」
「ユーリーンがこれ以上、接触するのは危険だと思う」
「悔しいけど引き下がるわ」
軍人である以上は引き際というのを判断できなければ戦場で生き残ることはできない。
アルベンスの目的を探るのならユーリーンは相性が悪かった。
「でも向こうはユーリーンを落とすことに躍起になっていると思う」
「ユーリーンには“魅力”にかかってもらうわ。そうすれば相手も油断するでしょうから」
「それが一番よね」
かかると分かっていて受けるのも精神的な負担は大きい。
今回のように相手にすべてを委ねてしまうような“スペル”のときは特に怖い。
「作戦はどうする?」
「明後日に待ち合わせをしているのならそこで勝負ですわね」
「そこで“魅力”にかかれば良いのね」
「あとは町に来た目的を聞き出してもらうことですわね」
“魅力”にかかっていても思考能力まで失われたわけではない。
相手に恋するような感情を持ち、尽くしたくなるだけだ。
「気が重いわ」
「仕方ないわね。他の者では“魅力”にかからないのだもの」
「機密事項を漏洩する前に止めてよね」
ユーリーンの“スペル”は他者に関与するものではなく、自分の身体能力を上げるものだ。
“跳躍”と“瞬発”でどちらも移動速度を上げるために使われた。
「こちらでもアルベンスという男性のことは調べておきます」
「明日、町で会ったらどうしたら良い?」
「明日はフィアットと行動を共にしてもらいます。それなら危険は少ないでしょう」
フィアットの“鑑定”があればユーリーンの状態を常に確認できるし、フィアット自身は“スペル”の特性上、“魅力”が効かない。
憂鬱な思いだけが募るがアルベンスがユーリーンを落とそうとしているなら避けては通れない。
「フィアット、本当にまずいと思ったら殴ってでも止めてね」
「任せて。首の骨を折ってでも止めてあげる」
「それは死ぬから止めて」
フィアットの無表情に若干の怯えを見せるユーリーンだがフィアットが仲間を殺すことがないのは分かっているから誰も止めない。
アルベンスの目的を探るための話が進む中、隊長はアイスクリームをお代わりしていた。
甲斐甲斐しく世話を焼くのは副隊長であるヴィヴィの役目だ。
「ヴィヴィ」
「はい、隊長」
「“魅力”を使うなら男女関係の揉め事がなかったか調べられる?」
「警備隊が出動するような規模なら可能ですが、町内のいざこざとなると難しいかと思います」
隊長は話を聞いていないようで全部聞いている。
姿に惑わされがちだが、第三特務部隊隊長の肩書を持っていることに変わりはなかった。
「アルベンスという名前も珍しいものではないですから難しいですね」
「そっか」
「隊長?何か引っかかることがございますの?」
「まだ確信が持てないんだ」
隊員が驚くほどの情報網を持っているのが隊長だった。
「確信が持てましたら教えてくださいませ。わたくしたちは隊長の剣であり盾であり、目であり耳であり、手であり足であります。ご自由にお使いください」
「うん」
「隊長、わたくしたちにお命じください」
「アルベンスを調べろ」
「「「御意のままに」」」
跪き頭を下げると三人は忠誠を誓う動作と共に揃って返答をした。
隊長に命じられることを至上の喜びとしている彼女たちは任務遂行へと動いた。
第三特務部隊に所属する隊員全員に隊長の命令を伝達するために部屋を出た。
隊員たちが最も得意とする任務は諜報活動だった。