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「ったく、あの親父どものせいで二日酔いになったじゃねぇか。ユーリーンを助けないといけないというのに」
路銀だけはたくさん持っているアルベンスは町で一番高い宿に泊まった。
恰好からは怪しまれたが前金をすぐに支払ったことで信用された。
「もう昼になってるがユーリーンに会いに行くか」
宿では食事をするところもあるが、どうせならユーリーンと食べるつもりで何も口にしないで出た。
駐屯軍の建物は聞かなくても目立つから迷うことなく行ける。
「受付にユーリーンを呼んでくれって言っても門前払いだろうな」
行けば会えると簡単に考えていたが、駐屯軍のいる建物には当然のことながら門番がいて中には受付嬢がいる。
“魅力”を使えば何とかなるが、効果が切れたときの反動が怖いから使いたくはなかった。
アルベンスは自分の“スペル”の使いどころは正確に理解していた。
直感で知っているというのに近いが、時間をかけて使うものだということは知っていた。
「甘かったかな?」
門の近くで待っていては怪しまれるから近くの屋台で飲み物を買って公園に向かった。
見晴らしもよく大通りが見えるからユーリーンが通りかかればすぐに気付ける。
「・・・それにしても昨日はかかりが甘かったけど、やっぱり軍人だから警戒心が強かったのか?」
もう少し親密になり不満があるという上司のことを聞き出そうとしていたが、思いのほか親密になれなかった。
「ま、最初は皆、恋人に悪いとか言って話も短かったからな。これからこれから」
アルベンスは生来の楽観的な考えで悩むということはしない。
公園にいる人を眺めていると明らかに恋人ではない二人の喧嘩する声が聞こえた。
「やめてください!離して」
「いいじゃねぇか。ちょっと向こうでお茶を飲むだけだって」
花を積んだ台車を引いて売り歩いていた少女は男二人に絡まれていた。
周りは助けようとするが、男二人が屈強なのを見て尻込みしていた。
絡まれている少女があまり美人ではないということでアルベンスは気付かないフリをしている。
「ちょっと、その子を離しなさい」
「あぁ?」
「ドルタ第三尉よ」
「やっべ」
「行くぞ!」
「覚えてろ」
「いやよ」
同じ女でも軍人を相手に揉めたくはないと男二人は急いで逃げた。
無理にお茶に誘ったくらいでは罪に問えないが抑止力にはなる。
「大丈夫?」
「だっ大丈夫です。ありがとうございます」
「何かあったら相談してね?じゃね」
現れたのはユーリーンでアルベンスにとっては待ち人来たりだった。
巡回途中だったのだろう、そのまま大通りに向かうユーリーンをたまたま見かけた風を装って声をかけた。
「ユーリーン」
「あら?昨日の」
「アルベンスだよ」
「昨日は楽しかったわ」
ユーリーンは笑みを見せてアルベンスを迎えた。
アルベンスはユーリーンを今度こそ一夜を過ごそうと目論んでいた。
「来たばかりで不安だったけど、ユーリーンみたいな頼りになる軍人さんに出会えて良かったよ。さっきも格好良かったし」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。私たちが駐屯している間はもめ事なんて起こさせないつもりよ」
「ユーリーンはすごいな」
「そんなことないわ。私はまだまだよ」
「ユーリーンだって“スペル”持ちだろ?それを活かして軍人をしているのはすごいよ」
ユーリーンの目を見て褒め称える姿は少年のようにも見えるが“魅力”をもっとも効かせるために必要なことだった。
言葉だけでも十分だが効果を上げるには目を合わせることが良かった。
これはアルベンスが“魅力”を使っていくうちに身に着けたもので教わったものではなかった。
「確かに私の“スペル”は軍人向きだと言えるけど」
「そうなんだ。どんな“スペル”?」
「アルベンスの“スペル”を聞いておきながら悪いけど軍人は他人に“スペル”を話せないの」
「悪用されたら困るから?それなら仕方ないね。俺が考えなしだったよ」
「ごめんなさい」
アルベンスは笑っているが瞳の奥が笑っていないのにユーリーンは気付いた。
ほんの一瞬だったから警戒していなければ見落としていただろう。
「町に来たばかりと言っていたわね?良かったら町を案内するけど、どう?」
「観光とかできるところが分からなかったから嬉しいよ」
「明後日に休みがあるの。ここで待ち合わせはどうかしら?」
「楽しみだよ」
「また明後日ね。巡回途中なの」
ユーリーンは笑顔で手を振って公園を出て大通りを歩いた。
町の人とも打ち解けているから歩くたびに声をかけられている。
その様子を観察しながらアルベンスは眉を顰めた。
「“魅力”が効かない体質なのか?」