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食事は済ましているから隊員が待機している部屋に行くユーリーンは自分の気分が向上していることに気付いていなかった。
廊下ですれ違う他の隊の隊員はいつもと違うユーリーンに怯えながら急ぎ足でその場を離れる。
「はぁい」
「どうしたんです?いつもと違いますけど?」
「何言っているのよ。いつも通りよ、いつも通り。でも私を関所で助けてくれた紳士にもう一度出会えたのは嬉しかったけど」
「紳士?」
「そう。悩みがあるなら聞くよって。これが紳士じゃなくて誰を紳士と言うのよ」
初対面で悩みを聞くよと言われて嬉しがることはほとんどない。
まずは何があるのか疑ってしまう。
それもなくユーリーンは思いを馳せる乙女のように頬に手を当てて話した。
「ほんと、ああいう人が上司だったら良いのにって思うわ」
「えっ?」
部屋の奥の大きな机には背の小さな男が驚きの声を上げた。
それまでは話など聞いている素振りもなく一心不乱にアイスクリームを食べていた。
口の周りには溶けたアイスクリームがつき、首には服が汚れないように布が巻かれている。
「だっだめだよ。ユーリーンは僕と一緒に仕事をするって言ったじゃないか!いなくなるなんて、もごもご、ふぐっ、うっ」
「隊長、口の周りを拭いて、スプーンを置いてから話しましょうね」
隊長と呼ばれた男の口を乱暴に拭いて話を遮らせていたのは堅苦しい軍服を着た美しい女だった。
軍章からは肩書が副隊長だというのは分かる。
「ヴィヴィ!僕は大切な話をしているんだよ!」
「それならば、なおのことですわ」
首に巻いた布も取り、身長の加減で足が床についていないから自力で降りられない椅子から隊長を抱き上げる。
背の高さは五歳児くらいで、周りにいるのは女ばかりだが誰一人として隊長より低い者はいない。
ユーリーンの座っているソファの隣に下ろしてからヴィヴィは食べかけのアイスクリームを冷凍庫へしまった。
「だ、だめだよ。いなくなっちゃいやだよ。ユーリーン」
「たっ隊長!」
「いっいやだよお」
ボロボロと涙を流しながらユーリーンの腰のあたりに突撃し、首を横に振る。
泣いている子どもを宥めるという構図にしかないが隊長はれっきとした成人男性であった。
「落ち着いてください!辞めるなんて言ってません」
「ぼんどに?」
「はい。私は隊長のもとで任務をするって決めていますから」
「よがった。いなくなっちゃうかと思ったよ」
「良かったですわね、隊長。ほら涙を拭いてください」
ヴィヴィは新しい布を用意して手渡す。
隊長に笑顔が戻って誰もが安心して胸を撫で下ろした。
「その紳士は“スペル”持ちなんでしょ?」
「“ダブルスペル”持ちね」
「それは良いけど」
「フィアット、何が言いたいの?」
魔術師が好むような形状に改良された軍服を着た少女は眉に力を入れて疑問を述べた。
フィアットも“ダブルスペル”で、隊の中で戦闘に特化していないが絶対に必要な“スペル”を持っていた。
「だってユーリーンは“魅力”にかかっているもの。浅いけど」
「えっ?」
「私の“鑑定”を信じるならね」
フィアットは相手の“スペル”が何かを見ることができる。
その効力も同時に分かるから敵の“スペル”を探るときには絶対に必要だった。
「つまりは勝手に人に使わないって言うのは嘘だったということね」
「そうなるね。でも問題はそれだけじゃないよ」
「何がまだあるの?フィアット」
「ユーリーンの今の状態は時間が立てば元に戻るけど、“スペル”持ちに気付かれないように“スペル”をかけるのって結構な手練れだと思うよ」
今回は浅いから“魅力”にかかっていると自覚するだけで効力は失われるが、“スペル”持ちに“スペル”は効きにくいという常識をアルベンスは覆してみせた。
話をしたのは関所と食事処での二回になるが、いつものユーリーンならお金を返すつもりでも、その日のうちに動いたりしない。
相手の素性を調べてから問題ないと判断してから返す。
それを自分の足で何軒もの店を探したとなると、その時点で“魅力”にかかっていたということが分かった。
「うかつだったわ」
「何回も浅く繰り返してかけて“スペル”抜けを防ぐんだと思う」
「そうなると危険ですわね。むこうはユーリーンが軍人だと知っていますもの。何度も接触を図って来ますわ」
「隊長、私のうかつな行動により迷惑をかけてしまい済みません」
「迷惑だなんて思ってないよ。ユーリーンは大切な仲間なんだから!」
「でも」
「ユーリーンはお礼をしただけだよ。僕は正しいことをしたと思っているよ。あんなに小さかったユーリーンが大人になって嬉しいよ」
ソファの上に立って背伸びをしてユーリーンの頭を撫でる隊長の姿に癒されていた。
「心配なのは変わらないから調べてみようか」
「隊長、それなら私にさせてください。失敗を取り返させてください」
「ユーリーン・・・そこまで言うなら任せるよ。だけど無理はしないこと。あとフィアットの“鑑定”を受けること。約束できる」
「もちろんです!」




