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誰もいない暗い別荘でアルベンスは夜を明かした。
飲んだ酒がまだ残っているなか、ふらつく足取りでセルラインのいた店に足を運んだ。
扉には鍵はかかっておらず普通に開いた。
だからアルベンスはそこにベネガがいつものように座っていると思い込んでいた。
目の前に広がるのは何もない空き家だった。
「はっ?どういうことだ?」
いつも座っていたソファもテーブルも壁にあった時計すら無くなっていた。
店だった名残は何一つ残っていなかった。
「ベネガ!おい、ベネガ」
呼びかけても返事はなく静寂だけが広がった。
昨日までいたのが幻だったのかと不安になり、外に出て道行く人に訊ねた。
「おい、ここにあった店はどうした?」
「店?店なんて知らないね」
「店を探してるなら、もうひとつ違う筋に行きなよ。別嬪がいるぜ」
手当たり次第に聞いて回るも誰も知らないという返事だった。
途方に暮れて路地を進むと警備が厳重な一角にたどり着いた。
「ここは?」
「おい!そこで何をしている?」
「ここがどなたの別荘か知ってのことだろうな?」
「えっ?」
「ほら、行った行った」
警備員に無理矢理、離されたが隙間から見えたのは幸せそうに微笑むセルラインと身請けしたワルナーだった。
偶然にもたどり着いた別荘で二人の幸せそうな顔を見て、アルベンスは惨めな思いを募らせた。
惨めな思いをしても腹は減る。
アルベンスは行きつけの食事処に向かった。
「いつものを頼む」
「料金は前払いをしておくれ」
「ツケでいいだろう」
「そのツケを誰が支払うんだい?カナリア様はいないんだろ?金無しに食わせる飯は無いよ。出て行っとくれ」
無一文になったということとカナリアがアルベンスのパトロンでは無くなったという話はすぐに知れ渡ってしまっていた。
無銭飲食をさせたくないのは、どの店も一緒だ。
「ちっ、こんな店、二度と来ねぇよ」
追い出されては、次の店に行き、また追い出されるというのを繰り返した。
ある店では顔を見ただけで扉を閉めてしまった。
カナリアが今月末に引き払うと言った貸別荘には少しの食料はあるが、収入のあてのないアルベンスには心もとなかった。
「仕方ねぇ、安い店に行くか」
安い店でも支払い能力のない者に食事は提供しない。
今までカナリアに任せていた部分の弊害が出てきた。
「おっ!マリア」
「アルベンス」
「腹減ってんだ。何か食わせてくれ、な?」
前の職場でも給仕をしていたからカナリアに紹介してもらう店も必然と給仕になった。
それでも待遇は前より良くなり、カナリアの紹介ということで、いじめられることもなかった。
「スープとパンくらいなら」
「肉が食いたかったが、まあいいや。それくれ」
「分かった。持ってくる」
マリアもアルベンスに魅かれるものを感じていないが、前の男から助けられたのは事実だった。
無理矢理、言い寄られ断ってもしつこく、周りに相談をしても店の売り上げのために付き合えと言われてしまっていた。
別れるということも許されないなか男が飽きてくれることを待っていた。
そのときにアルベンスが助け出してくれた。
だから恩のようなものは感じていたから無碍にもできなかった。
「これからどうするの?」
「どうすっかな。他の奴らも好きにしてるしな」
「そう」
「他の奴らがどこに行ったか知らねぇ?」
「シスター・ウィンネは修道院に戻られました。神に一生を捧げるのだと言っていました」
ウィンネは慈善活動のときに絡まれているのを助けられた。
そこからの繋がりだが、ウィンネは恋心というよりも敬愛に近かった。
「そうか」
「ロロルさんは仲間のもとに戻ると言っていました。幼い頃からの婚約者と結婚するのだと」
「婚約者?」
「はい。ロロルさんは今年で百歳を迎えて成人になるので結婚するのが一族の掟だと言っていました」
婚約者を嫌っていたのではなくて、親に決められて結婚することに反発して群れを出ていた。
そこでアルベンスに会って、親が決めた婚約者以外というだけで側にいた。
今では反抗していただけだと冷静になり、自由にさせてくれた婚約者の元へと帰った。
「そうか。決めたぞ」
「何を?」
「ロロルを連れ戻す!」
「えっ?」
「あいつは無理矢理、婚約者と結婚させられそうになって群れを飛び出したんだ。きっと見つかって連れ戻されたに違いない。俺たちに心配をかけないように自分の意志で戻ると言ったんだ」
アルベンスは都合の良いように解釈をしてロロルに会いに行くことに決めたが、ロロルがどこにいるかも知らない。
そしてロロルの種族も知らない。
「マリア、一緒に来るか?」
「えっ?」
「旅とかしたことないだろう?」
「お店に迷惑かけられないから一緒には行けない」
「マリアは優しいな」
マリアは一緒に行くことを拒んだが、アルベンスはそれをすんなりと受け入れた。
それは無意識に食事を用意させようという打算が働いたからだ。
「また来るよ、まずは旅の支度をしないといけないな」
「そ、そうね」
「旨かったよ」
女と一緒に食事をしていたときは必ず支払っていたが、自分一人のときはツケにしていたから当たり前のように席を立った。
マリアが呼び止めて代金を求める前に店を出てしまった。




