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“魅力”の効果が薄まり始めたのはアルベンスがヒナゲシに入れ込んだことと重なる。
一人で町に来てからはカナリアを始めとするハーレムの女たちとの会話すら減っていた。
そこにヒナゲシへの傾倒となり、カナリアたちは緩やかに“魅力”の影響から脱していた。
「俺を愛しているんだろ?ここ最近、構ってやっていなかったから拗ねているんだろ。可愛いな」
「そうですわね」
「今夜、可愛がってやるから来いよ」
「それでわたくし目が覚めましたのよ。貴方がわたくしのことを愛していないということを」
「何を言っている?愛してやっているだろう!」
「体を重ねることが愛している証とでも?」
カナリアの声が固くなっているのに気づかずにアルベンスは続ける。
今まで尽くしたいと思っていた相手の幻想が消えていった。
「いつも喜んでいただろう」
「わたくしは貴族ですから愛人を持ったところで咎められることはありませんでしょう。でもその方が金目当てであったのなら話は違って来ますわ」
「何を言っている?」
「この三か月で貴方が使った額ですわ。半分以上がツケで請求が回ってきていましたので支払っておきましたわ」
カナリアが差し出した請求書の合計額は金貨五十枚ほどになった。
三か月の合計となると、金貨五百枚になる。
「この額をご覧になって金目当てでないと言われるのなら今すぐに耳を揃えて返してくださいな」
「カナリア、どうした?金など問題ではないと言っていたじゃないか」
「えぇ言いましたわ。でもそれはわたくしが貴方のために用意したものについてのこと。さすがに色遊びにまで援助いたしませんわ」
カナリアの突き放す言い方でようやく現実を知ったアルベンスは自分が使った金額の大きさに気づいた。
見栄を張って金貨をばらまき、さらには端金と言い切った。
「悪かった、カナリア。許してくれ」
「そうですか。ではここでお別れいたしましょう」
「なぜだ!?カナリア」
「なぜと申されましても初めからそのような関係だったではありませんか?」
カナリアが庭で午後のお茶を楽しんでいるところに乱入し、そのまま居座ったのがアルベンスだ。
最初は拒否していたが少しずつ絆されて居座ることを許した。
「わたくしが領地に戻るまでなら居ても構わないと申しましたよ。お忘れになりまして?」
「覚えている。なら一緒に領地に戻ろう」
「いいえ、ここでお別れですわ」
「カナリア!」
「それと、言い忘れておりましたけど、わたくし、カナリアという名前ではありませんのよ。御機嫌よう」
今まで読んでいた名前が偽名で、そして手の届かない貴族の屋敷に入られればアルベンスには手出しできない。
“魅力”を使って取り入ることはできるが、きっとアルベンスが屋敷に近づくだけで排除される。
さらに言えば、アルベンスはカナリアの本名を知らないから似顔絵だけで探せば平民が何かを探っているとして捉えられてしまう。
「くそっ俺を虚仮にしやがって、覚えていろ」
明かりのない廊下を歩いてアルベンスはひとつずつ部屋を除く。
昨日までなら誰かが部屋にいて好きなように訪ねることができた。
「おい、誰もいないのか?」
「アルベンス」
「マンナか?他の奴はどうした?」
「気づいて無かったんだね」
「何をだ?」
本気で気づいていなかったアルベンスはマンナに尋ねた。
アルベンスにとっては昨日まで賑わっていた場所が急に廃墟になったような気分だった。
「カナリアにお願いして連れて来てもらったくらいからだよ。皆が少しずつ寄り付かなくなったのは」
「どうしてだ?世話はカナリアに任せていただろう。あいつは何もしなかったのか?」
「カナリアのせいじゃないよ。カナリアはいつも皆のことを考えていたよ。働く場所も用意してた」
「それ以上に何が必要だ!?何が不満だ!?」
マンナは今まで信じていた男が女のためにと言いながら何も理解していなかったことに気付いた。
他の女たちが“魅力”の効果が薄れてアルベンスの元を離れてもマンナは純粋にアルベンスのことを好きだった。
「あんただよ!アルベンス!あんたが踊り子に熱を入れたり、ぽっと出のヒナゲシとかいう女に溺れてるからだろ!」
「それのどこが悪い!」
「あたしたちはアルベンスに魅かれて集まったんだ。アルベンスが見向きもしないなら意味ないじゃないか」
「それは・・・」
「この三か月で気づいたんだよ。本気で愛されてないって。あたしたちの関係を壊したのはアルベンス、あんた自身だよ」
マンナは泣きそうになるのを堪えてアルベンスの横を通って別荘を飛び出した。
冒険者だから夜に出歩いたところで危険はないが、いつものアルベンスなら追いかけていた。
それをしなかったのはアルベンスがマンナの言葉にショックを受けていたということと自分を捨てた女に怒りがあったからだ。
「どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって。覚えていろ」




