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廊下を走り、休憩中の警邏隊がいる部屋に飛び込んだ。
「緊急指令!巡回中の隊長、ヴィヴィ副隊長、ドルタ第三尉に帰還命令を伝えて!急いで!」
「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」
部屋から人がいなくなり、これで戻ってくるまで時間を稼げば良いと安堵したところに思い出してしまった。
いつもいる部屋と第三特務隊隊員とだけを結ぶ通信手段を。
「しまった。“伝令”を込めた石があるんだった」
特定の者同士なら声を飛ばせる“スペル”を軍では重用していたが、数が少ないことと直接命令するという習慣から使われることが少なかった。
フィアットのように命令したあとに気付く者が多数いた。
休憩中なのに無駄に走らせてしまったからお詫びに何か送っておこうと贈答品目録を書物庫に取りに向かった。
全速力で走る軍人に町の人は何事かと思うが、いつも見ている警邏隊だと分かると日常に戻った。
巡回経路が事前に分かっているユーリーンを先に見つける。
その方が探す上で効率が良いからだ。
「ドルタ第三尉!」
「はっ?」
「モーラン第五将より帰還命令です!隊長並びにスー副隊長にも同命令が出ております!」
敬礼と共に各隊員の階級まで間違わずに言える警邏隊隊員に驚きながらユーリーンは頷いた。
「現在、北地区と東地区には両名はいない模様です」
「分かった。南と西を見てから帰還するから代わりに巡回をお願い」
「了解しました」
フィアットが失念していた“伝令”石で互いの位置を確認しながら状況を報告していた。
この点では警邏隊の方が一枚上手だが、“伝令”石の存在をフィアットに言わなかったのかというと実際に動いて任務を遂行したいという軍人の誇りというものがあった。
「“跳躍”」
ユーリーンの“スペル”は身体能力を向上させるもので、広範囲の移動のときには便利だった。
家の屋根に飛び乗り、俯瞰しながら目的の人物を探す。
本気を出せばだいたい十メートルくらいのところまで飛び乗れる。
「隊長とヴィヴィは一緒にいるよね?いてくれないと困るけど」
屋根から屋根へと飛び移り、探す。
屋根の上にいるのは完全な不審者だがユーリーンが犯罪者を追いかけるときの常套手段であるから町の人も驚かなくなった。
ユーリーンが飛び移りやすいようにと滑り止めをする人もいる。
「おっ!発見!」
フィアット同様にユーリーンも“伝令”石の存在を完全に失念していた。
先に居場所を確認しておけば飛び回る必要がなかった。
「隊長!副隊長!」
「ユーリーン!どうしたの?何かあったの?」
「はい、フィアットから帰還命令です。何か駐屯所で起きたようです」
「そう。それで“伝令”石はどうしたのかしら?」
「あっ」
冷静なヴィヴィはフィアットとユーリーンが“伝令”石の存在を忘れていたことにすぐに気づいた。
指摘されてすぐに気づいたがすでに探してしまったあとだから次に活かすしかないが、次もきっと同じことをするだろう。
「とにかく急ぎましょう」
「あっ!待って、小母様印のクッキーを買ってないよ」
「隊長?」
「ごめんなさい」
巡回という名目でクッキーを買いに出たのだろう。
なんだかんだとヴィヴィも隊長に甘い。
屋根を飛ぶということはできないから走って戻る。
明らかに歩幅が違う隊長なのだが、誰よりも早く走る。
「急いで終わらしてクッキーを買いに行くよ」
「隊長、勤務時間中の私的用件は始末書ものですよ」
「ユーリーン、何を言っているのさ。これは町の安全が保たれているか確認するための仕事だよ」
きっと何を言っても買いに行くだろうし、町の中の菓子屋は隊長が訪れるのを密かに楽しみにしている。
毎日のおやつに食べているアイスクリームは毎朝配達されてくる定期便だ。
「分かったから前見て走ってください!ぶつかりますよ」
「うぐっ」
「ほら言わんこっちゃない」
駐屯所や役場の場所を案内する看板にぶつかってひっくり返った。
ゴンという音がしたが隊長の頭にこぶが出来ただけで看板を支えているレンガにひびが入ったことには見ないふりをした。
「いたい」
「ほら、急ぎますよ」
「いたい」
「痛いの痛いの飛んでいけ。痛くなくなりましたね?隊長」
「子ども扱いをするな」
ヴィヴィの静かな笑みにユーリーンは背筋が寒くなる思いがしたが黙って見ておく。
すぐに立ち上がって走り出すあたり流石だが避けて欲しいと思わなくもなかった。
「あっ!ダディのクリームパフ!」
「隊長?」
「はい」
駐屯所に辿り着くまでの間にある目ぼしい菓子屋に寄ろうとしてはヴィヴィに止められるというのを繰り返した。
廊下では行ったり来たりと忙しないフィアットが般若を背負って待っていた。




