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「スノラナは大変怖かったですわ」
「そうかそうか。一杯飲むといい」
ワルナーは自分が使っていた杯とは別の新しい杯に酒だと偽って飲んでいた水を注いだ。
うやうやしく杯を掲げて飲んだスノラナは柔らかく微笑んだ。
「勝負はまだついていないからな」
「そうかな?」
「呂律が回っていないようだが」
「うるさい!」
叫んでワルナーに掴み掛ろうとしたところに足を滑らせて転んだ。
うめき声が聞こえるが立ち上がることなく眠ってしまった。
「あらあら、弱いこと」
「これなら水に差し替える必要はなかったようだね」
「ワルナー様、よろしければ三年物を用意してございますの。この茶番劇を手伝っていただいたお礼に召し上がっていただけません?」
「せっかくだからいただこう」
勝負に使った徳利を片付けてワルナーのために食事も用意される。
酔い潰れてしまったアルベンスは頭と足を持って一階の部屋に運ぶ。
「ワルナー様、ご存知ですか?」
「何をだい?」
「この一瓶でアルベンス様の所持金がゼロになってしまうのを」
「ゼロどころか。借金になるだろう?」
勝負と銘打って飲んだ酒も高級なもので飲みやすいからと調子に乗ればすぐに酔いが回ってしまう。
一気に飲み干せば倒れてしまうことも当然の結果だった。
「ふふふ、お酒の飲み方を知らない方でしたわね」
「そうだな。そして、この町に来た理由も分かったな」
「弱い男から女を助けるということでございますか?」
「あぁ。噂だけを聞いたのなら第三特務隊の隊長のことだろう」
「あの方はとても弱いというような表現ができる方ではありませんわ」
あの容姿に騙されるが戦闘力としては強い。
だからこそ隊長となっている。
「だが軍人で女を侍らしていて弱いというにはうってつけの人物だと思うがね」
「それはそうですが、あまりしっくりとこないですわね」
「素人の考えであるから間違っているとは思うよ」
「もしそうならとんでもない方を敵にしようとしていますわね」
勘違いをして敵にしようとしているのが、どれだけ危険か分かっていないアルベンスは酔い潰れてしまった。
わざわざ助けようと思わないが少しだけ憐みを覚えたのは酒のせいだけじゃなかった。
「明日は二日酔いで大変でしょうけれど、お支払いは厳しくいかせていただきますわ」
「彼の持ち金が半分は無くなるな」
「うちの双玉に接客をさせて泥を塗ったのですもの。安いくらいですわ」
※※※
窓から差し込む明かりで目を覚ましたアルベンスは割れそう頭痛で再び蹲った。
側にはベネガが薬草を煎じていた。
「お目覚めでございますか?」
「うっ?俺は」
「飲み比べで負けて酔い潰れたのですよ」
「いかさまをしてやがったのか」
「まぁ人聞きの悪いことを。こちらをお飲みなさいな」
透き通るような緑色の液体に爽やかな香りのする薬草で飲みやすくした二日酔いの薬だ。
一般的にも飲まれているもので珍しいものではない。
「・・・ふぅ」
「昨日のお代で金貨十五枚をちょうだいしますよ」
「おい!ちょっと酒を飲んだだけだろう」
「それに踊り子を二人お付けになっていましたでしょう。それとも支払いを渋る三流にでもおなりになりますか?」
「ちっ、もっていけ」
金貨の入った袋をベネガの方に投げると、ふて寝するために横になった。
金貨を数え終わるとベネガは新しく薬を注いだ。
「二晩ということでしたが、今夜も踊り子を相伴させるなら金貨が足りませんよ」
「隠れ家というか、客が昨日の奴しかいなかっただろう。俺が客になるから負けろ」
「支払いを値切るというような野暮な方は店の出入りを断っておりますからお引き取りを」
「ちっ」
店が偽りである以上は儲ける必要はなかった。
この調子で店で遊ばれたら一週間の足止めができない。
「金があれば良いんだろう」
「あてでもおありで?」
「安心しろ。すぐに用意してやる」
アルベンスの自信にベネガは一抹の不安を覚えながらも静観することにした。
昼もすっかり過ぎたくらいにアルベンスは手紙を出すために郵便屋を訪れていた。
「この手紙をカナリアという女に届けてくれ」
「かしこまりました」
姓もない女性宛ての手紙だが番地が合っていれば届けてくれる。
よくお忍びで付き合っている男女では偽名で手紙のやり取りをすることが往々にしてあるからだ。
手紙にはカナリアへ金貨の用立てと帰るのが遅くなることを書いたものを送っている。
馬車で届けているから返事が来るのは一週間くらいになる。
「路銀だと渡したが足りなかったじゃないか。カナリアにはよくよく言って聞かせないといけないな。いいところの女だから金銭感覚が乏しかったんだな」
貴族であるカナリアは金遣いというものは貴族そのものだが、平民が生活するのにどれくらい必要かどうかは知っている。
そうでなければ領地運営などできないからだ。




