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「セイレン姐さんは店にはいないよ」
「さっき言ってただろう。いつ帰って来るんだ?」
「ご贔屓の旦那に呼ばれたからね。三か月は帰って来ないよ」
「誰だ?そいつ」
「お客の素性を話すなんてお偉いさんにもしないよ。まぁ待ってればそのうち帰ってくるよ」
ベネガはアルベンスから情報をできるだけ引き出す役目を持っている。
セルラインを本命と見ているアルベンスは良いところを見せようと口が堅くなるが、ベネガに対してはそれがない。
「なら泊めてくれ。金ならある」
「食事も何もないけど、それで良ければ一階の奥の間を使ってちょうだい」
「二階じゃないのか?」
「二階は夜だけだよ。昼間は踊り子の休憩所になるから近寄らないでおくれよ」
近寄るなと言われれば近寄りたくなるのが人の常だ。
アルベンスは今まで女絡みで近寄るなと言われたところに言いつけを守ったことはない。
「一晩泊まるだけなら大銀貨一枚だよ」
「二晩泊まるから金貨一枚で良いだろ?」
「まぁ良いよ。あと今日はご贔屓さんが来られるから夜は部屋にいてもらえると助かるね」
セルラインから頼まれたワルナーはベネガたちと豪遊するふりのために足繁く通うことになっている。
アルベンスが宿を追い出されて店に逗留することになったのは誤算だが、これでワルナーも長逗留することになれば競い合うように金を使うだろう。
奥の部屋にアルベンスが入ったことを確認してからベネガは二階に上がった。
「セイレン姐さんに押しかけて会えるなんて思い違いも甚だしいね」
「店で遊んだことがないんだろうよ」
「あんな冴えない男が後宮破壊とは世も末だね」
この店に来たときからアルベンスは緩やかに“魅力”をかけていたが、セルラインから教えられていたベネガを含めた踊り子はアルベンスを嫌っていた。
これでも性格が良ければ本当の店に誘導して馴染み客にしようと目論んでいたが早々に諦めた。
「“スペル”のおかげということね」
「だけどお金を作り出す“スペル”はまだ無いはず」
「スノラナ、ウルイカ」
「懐にはだいたい金貨三十枚というところね」
踊り子は客を破産させたいわけじゃないから懐事情を考えての接客をする。
中には身ぐるみを剥いで手っ取り早く稼いで年季を終えようとする女もいるが客はすぐに離れていく。
「本来のうちの店なら三日くらいだけど」
「一晩で身ぐるみ剥ぐ?」
「いや一週間で使い切るようにしておやり」
「ベネガ姐さん、それじゃ割に合わないよ」
「あの男の目的を喋らせるのが私たちの役目だよ」
油断して気を許したところに付け込んで語らせるのがベネガたちの目的だった。
こういう手は他の贔屓の踊り子がいないか探るために使われる。
心理的な策略はアルベンスよりも遥かに上だ。
「セイレン姐さんのためだものね」
※※※
夜になり、ワルナーが手筈通りに店に来た。
二階に上がると、そのまま踊りと食事が始まった。
「今日はどの踊り子にします?」
「そうだな。彼女たちにしようか」
「こちらへ来てお酌を」
「「はい」」
歌と踊りで賑やかなのは一階にいても伝わってくる。
奥の部屋にいるがアルベンスは自分がそこにいないのが我慢ならなくなり、こっそりと二階に上がった。
踊り子全員がワルナーの相手をしているから誰にも咎められることなく二階に上がることができた。
お酒の追加を取りに行こうとしたベネガはアルベンスの姿を見て眉を顰めた。
「夜は部屋から出ないで欲しいと言ったはずだよ」
「俺だって客だろう」
「それは泊まり客だよ。二階で遊ぶ客とは違うからね」
「金か?金ならあるぞ」
王族であるワルナーの金遣いに勝てる平民はいない。
アルベンスの持ち金では、はした金にもならなかった。
「余所の客の踊り子を取る真似は店じゃご法度だよ。今日はおとなしく部屋に戻りな」
「俺の方が先に客として来ていたんだ。踊り子を取ったのは、あっちが先だろう」
「騒ぎはごめんだね。そんなに言うなら自分で踊り子を口説いてみなよ。私は何も言わないよ」
廊下でのやり取りは全部中に聞こえている。
予想通りの行動をしてくれるアルベンスに笑いを堪えるのに肩を震わせていた。
「ついつい楽しくて皆を呼び寄せてしまったよ。すまなかったね。気に入りの踊り子がいたら声をかけてもらっても構わないよ」
「お前は誰だ?」
「私かい?ワルナーというしがない旅人さ」
「ふーん」
探している弱い軍人でないことは残念だったが踊り子を全員侍らせているというところにアルベンスとしては敵愾心を持った。
争いが始まる前にスノラナとウルイカがアルベンスの両腕に抱き着いた。
「アルベンス様?」
「お酒はお強いですの?」
「あぁ」
「ではワルナー様と飲み比べをしてはいかが?」
一晩相手をしてはいたがアルベンスは二人の顔を覚えていなかった。
あくまでもセルラインを落とすまでのつなぎのような認識だった。




