表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/91

22

両頬に手形を残したままアルベンスは宿に戻った。

 

帰り道にチラチラと顔を見られていたから手形を作る原因となった話はそこかしこでされていることだろう。

 

「イリー、氷をくれ」

 

「・・・アルベンス、どういうこと?」

 

「どうしたんだ?何があった?いいから氷をくれ」

 

仁王立ちで奥から出てきたイリーは背中に般若を背負っていた。

 

アルベンスは宿に長逗留をしたことがなく、早々に女の家に転がり込んでいたから宿がどういうものか知らなかった。

 

ただならぬ雰囲気でイリーが何か起こっているということは分かった。

 

「昨日はずいぶんお楽しみだったようね。それにその頬も公園で引っ叩かれたって噂よ?」

 

「噂?」

 

「ここは宿屋よ。色々な方がお泊りになられているの。色々な話とともにね?」

 

魅力(チャーム)”が完全にかかっているのなら他の女と遊んだところで軽く流すが、アルベンスが“魅力(チャーム)”をかけるようになってから一週間足らずでそれも毎日ではない。

 

恋い焦がれるあまり嫉妬が上回ってしまっただけのことだった。

 

「そうそう氷が欲しかったのよね?待ってて持ってくるわ」

 

「イリー、これには訳があるんだ」

 

「訳なら氷を取って来てから聞くわ」

 

怒りを完全に押し殺した笑みを浮かべてイリーは奥から桶にいっぱいの氷を持って来た。

 

それを見て首を傾げたアルベンスはイリーの行動に対応できなかった。

 

「こンの女たらしがぁ!出て行け」

 

「ぐっ、うわっ、冷たっ」

 

「イリー?何があったんだい?」

 

騒ぎを聞いて女将が二階から降りてきた。

 

アルベンスの頬の手形の話は聞いているし、氷をぶちまけたイリーが怒っているのを見て、だいたいのあらましは推測できた。

 

「女将、聞いてく・・・」

 

「女将さん、私っ」

 

「そうかい。辛かったね。イリー」

 

アルベンスは女将に助けを求めたが、イリーの方が早かった。

 

涙を浮かべながらイリーは女将に抱き着いた。

 

「イリーは宿の看板娘なんだよ。それを泣かせるなんて男の風上にも置けないね。宿代払って出て行っとくれ」

 

「女将!?」

 

「何だい?」

 

一夜を共にしたのは何もイリーだけではない、女将とも関係を持っている。

 

だが、ここでそのことを盾にイリーの説得を依頼したところで火に油を注ぐ行為に過ぎないし、女将とて客と看板娘のどちらを取るかと言えば火を見るよりも明らかだ。

 

「分かった。金を払えば良いんだろ?」

 

「全部で残り金貨二十枚支払っとくれ」

 

「はぁ?何を言っている!前金で金貨三枚支払っただろう!」

 

「うちは朝食はついているけど、昼と夜は別料金だよ。説明したろ。さっさと払っとくれ」

 

金貨二十枚を袋から出すと床にばらまいた。

 

「これで文句ないだろ。二度と来ないから安心しろ。こんなボロ宿、泊まってやっただけでもありがたいと思え」

 

荷物らしい荷物を持っていないアルベンスは怒りのままに宿を出ると、昨晩泊まったセルラインのいる店に向かった。

 

このままセルラインを落として宿代わりにする魂胆だった。

 

道は覚えているから迷うことなく路地裏を進んでいく。

 

さすがに人気がないから頬の手形について噂されることはなかった。

 

「ちょっと相手をしてやっただけで調子に乗りやがって、セイレンくらい教養がないと無理だな」

 

教養がある者は初めからアルベンスを相手にすることはない。

 

火遊びを楽しむ者もいるが、節度というものを弁えている。

 

「ボロ宿のくせに金貨二十三枚もぼったくりやがって、おかげで懐が半分以下になっただろうが」

 

それ以外にも散財しているから宿代だけのせいではないし、泊まっていた宿では正当な金額だった。

 

働くということをしたことがないから金銭感覚というものが身についていなかった。

 

「おい、セイレン。いるか?」

 

扉を叩いて訪れを知らせる。

 

昼間は裏の時間であるからかなりの常連でなければ逗留することはおろか訪れることもできない。

 

「・・・こんな時間に何用だい?」

 

「セイレンに会いに来た。入れろ」

 

「そんな如何にも他の女と揉め事を起こしましたという顔をして店に来るなんて非常識も良いところだよ。家にお帰り。店には夜に来ると良いさ」

 

体の形がはっきりと分かる服と谷間を見せたベネガは面倒そうに返した。

 

視線がどこを向いているかは手に取るように分かるからベネガは溜め息を吐いて扉を閉めようとした。

 

「おい、待てよ」

 

「店には夜に来ておくれ。セイレン姐さんには伝えておくからさ」

 

「俺はセイレンに会いに来たんだ。まぁいないってんなら帰るまで遊んでやってもいいぜ」

 

「気軽に触るでないよ。こっちはそんな安い女じゃないね」

 

服の隙間に入れようとした手を容赦なく叩いてベネガはアルベンスをあしらう。

 

一階に降りてから一向に戻って来ないベネガを心配して休んでいた踊り子たちが階段から顔を覗かせた。

 

中にはアルベンスの相手をしたスノラナとウルイカもいるが視線はベネガに釘づけで全く気付いていなかった。

 

「店は昼に来るところじゃないのを知らないのかい?」

 

「知ってるさ。だがセイレンに会いたくて来たんだ。歓迎くらいしてくれよ」

 

客と踊り子という立場と関係を勘違いする者はいつもいる。

 

ベネガは溜め息を深く吐いてアルベンスを中に入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ