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踊り子の衣装のままだと町でアルベンスに会ったときに面倒なことになるから式典のときくらいにしか袖を通さない軍服を着た。
いつもは結い上げている髪を解いて背に流れるままにする。
それだけで印象が変わり、よく見ないと同一人物だと分からない。
「隊長~セルラインただいま戻りました」
「うん?」
「あら?今日はアイスクリームじゃないんですね」
机の上も膝の上もたくさん零しながらミルフィーユを食べていた。
間に挟まっているクリームがアイスクリームであるから普段と変わっていないのは一見しては分からなかった。
「セルライン、首尾はどうですか?」
「あれはかなりの女好きですね。あと女なら誰でも良いみたいですよ」
「そうですか。それで目的は探れそうですか?」
「その点は問題ありません。ですが気になることが」
ソファに座ってコーヒーを飲むセルラインは昨晩のアルベンスの行動に違和感を覚えていた。
「気になること?」
「はい、隊長」
「あっ、セルライン!軍服着てるんだね。似合ってるよ」
「ありがとうございます。隊長」
この褒め言葉が言葉通りでそれ以上の意味を持たないことは知っている。
花が綺麗だね、というのと何も変わらなかった。
「ヴィヴィ副隊長」
「何かしら?」
「アルベンスは困っている女を助けると言っていました。これはユーリーンのときも同じことを言っていたと思います」
「そうですね」
「その割には一晩相手をした踊り子を手荒く扱っていました」
手荒くという言葉だけでヴィヴィは眉間に皺を寄せた。
一緒に話を聞いていたフィアットも嫌悪感を露わにした。
「口では女を優しく扱うようなことを言っていますが“魅力”に絶対的な自信を持っているのでしょう。俺に尽くすのは当然だという考えが見え隠れしていました」
伊達に多くの男を相手して来ていないセルラインは隠したところで男の本性くらいは見抜く。
そして何を好むのか、何を求めているのか、手に取るように分かる。
「“魅力”で多くの女性を侍らすことが目的ということですか?」
「断言はできませんが、おそらくは」
「困りましたね。それが目的なら自発的に止めさせるほか手立てはありませんね」
女を侍らせるなと軍が言うわけにもいかないし、アルベンスのもとにいる女たちに離れろと言うわけにもいかない。
だが、“魅力”によって意思を操作されるのは大きな問題だった。
「問題だと分かっているけど、使うだけだと罪にならないのよね」
「分かりやすく幸福の壺とか売りつけてくれないかな?」
「貢がせてるだけじゃ取り締まれない」
貢がせるのも高額になったり借金をするとなれば調査はできるが、これは“スペル”を使っていなくても問題だから管轄が違ってくる。
アルベンスはそこは気を付けているのか、身の丈以上に貢がせることはしていない。
「あと後宮破壊っていう二つ名も気になる」
「フィアット?」
「今の話だとハーレムを築いているだけだもの」
「最近ハーレムを解散させたとこだと、ここから一か月くらい馬車で行ったところのグンバルダ王のとこよね?」
身分を問わず気に入った女がいれば召し上げて飽きれば家臣に下げ渡す。
平民の女は玉の輿に乗れるから王の目に留まることに命をかけている者もいた。
「グンバルダ王って亡くなったんだっけ?」
「生きてたはず、たしか隠居してたと思うけど」
「あの国ってハーレムが解散するのって王が死んだときだけよね?」
王が死ぬとハーレムは一度解散し、次代の王の目に留まれば引き続きハーレムに入ることができ、そうでなければ砂漠の棺と呼ばれるオアシスに送られる。
そこは実質的な処刑場のような役割があり、生き残ることは奇跡に近いとされている。
徹底的な男性優位の国であるから男からの寵愛を受けられない女は生きる価値なしと断言するような国だ。
「女を助けるのが男の役目と公言しているアルベンスが知ったらどうすると思う?」
「間違いなく行くでしょうね。そして女を解放する」
「でも他国に女を連れて出るほどの財力はない」
「・・・ハーレムから出た女たちがそのあとどうなったと思う?」
「考えたくもない」
“スペル”であろうと何であろうとハーレムで寵愛を受けることが許されている王以外の男に心を許すことは重罪だと言われる国で全うに生きることはできない。
アルベンスがいなくなったあとに女は砂漠の棺に送られたはずだ。
他国の平民が首を突っ込んでいい問題ではなかった。
「グンバルダ王に話だけでも聞く?」
「たしかセルラインはあの国でも興行してたよね」
「嫌です!」
直接話を聞くにしろ手紙にしろ往復で二か月はかかってしまうから誰が行くかで揉めることになった。
隠居しても王と会うとなれば待たされることは必至であるから三か月はかかる。
顔見知りであるセルラインが行く必要はあった。