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先頭は露出を最低限に抑えているが胸を強調することだけは忘れていない踊り子の衣装を着たセルラインと荒くれ者の恰好をしているが第三特務部隊直属実行部隊の男たちが足音を消して進んでいた。
「あの男がアルベンスね」
駐屯所に届けられたアルベンスの足取りから場所を割り出して、独り言から本人であると確証を得た。
あとは打ち合わせ通りにしてアルベンスの気を引くだけだ。
「あまり良い男じゃないわね」
「セルライン様、始めますか?」
「そうね。始めましょうか。打ち合わせ通りにね」
「「「「「御意」」」」」
顔を隠すためのヴェールを下ろし、消していた足音を立ててアルベンスの後を追う。
夕暮れにかけて宴に呼ばれている踊り子が出歩くから不自然ではなかった。
アルベンスが気づいて戻ってくるのに丁度いい距離になったところで、セルラインは叫び声を上げた。
「きゃぁ」
「こっちへ来い」
「手間かけさせんな」
案の定、叫び声に気づいてアルベンスは振り返り、セルラインの体を上から下まで嘗め回すように見て胸に視線が止まった。
腕を掴まれて振り解こうとする健気な踊り子を演じ、アルベンスが助けに来るのを待った。
「離してください。今から仕事があるのです」
「金なら払うから俺らに仕事してくれよ」
「良い体してんじゃん」
セルラインは自分の体をどうすれば煽情的に見えるか熟知している。
これが罠だと分からないようにアルベンスを誘う。
「おい、その人を離せ」
「何だ?」
「邪魔すんな」
アルベンスとの繋がりを持つことが重要だからアルベンスが話しかけてきたことで目的は達成したと言える。
セルラインは腕を振り解き、アルベンスに抱き着いた。
「助けてください」
「ちっ」
「おい」
「行こうぜ」
男たちは面倒なことになったと引き下がる。
アルベンスたちから見えなくなると、走っていなくなった。
誰かに見られて警備隊を呼ばれると面倒なことになり、せっかくの計画は終わるからだ。
「もう大丈夫だ」
「ありがとうございます。勇敢な方ですのね」
「そうでもないさ。殴られたらどうしようと思っていたから」
「私は踊り子のセイレンと言います。お名前を聞いても?」
踊り子は本名を使わずに舞台名を名乗ることが一般的だ。
その中で、本名を教えてもらえるほどの常連になるのも粋だと言われて競っている客もいた。
「アルベンスだ」
「アルベンス様、お礼がしたいので今夜どうかしら?」
「いや、今夜はやめとくよ。怖い思いをしたところだろ?」
「私などを気遣ってくださるなんて」
「店まで送ろう」
アルベンスは踊り子の手管には心得があった。
自分のハーレムに踊り子が何人もいるから男を誘う文句には慣れていた。
「嫌だわ」
「セイレン?」
「だって見ず知らずの私を暴漢から助けてくれるアルベンス様と店に行けば、他の女の子に嫉妬されて、きっといじめられるわ」
「そんなことにはならないさ」
「本当に?」
「俺が守ってやるよ」
「嬉しいわ。アルベンス様はとても勇敢な方だもの。安心ね」
セルラインは胸を押し付けることを忘れずに無邪気に喜ぶ。
アルベンスもこれが踊り子のやり方だと分かっていても喜ばずにはいられなかった。
「明日にでも店に行くから場所を教えてくれないか?この町には来たばかりなんだ」
「約束よ」
「ああ」
「この通りを真っすぐに行ったところなの」
腕を組んで恋人同士のように甘い空気を出して歩く。
裏路地であるから人気が少なく邪魔されることなく店に到着した。
「ありがとう、アルベンス様」
「どういたしまして」
「明日、待ってるわ」
アルベンスの頬にキスをしてセルラインは店に入った。
明日の約束を思い出しながら宿へと足を向けた。
今夜そのままセルラインと過ごさなかったのは昼間に宿の場所を教えた受付嬢が来たときのためだ。
「仕事のときは素っ気無いとか、ユーリーンそっくりだよな」
アルベンスはユーリーンを落としてハーレムに加えることを諦めてはいなかった。
そのためにユーリーンによく似た性格の受付嬢で練習をすることにした。
「セイレンは踊り子だから簡単に落とせそうだな」
セイレンことセルラインがわざと近づいたことには思い至らずに今までの踊り子と同じだと軽く考えていた。
踊り子セイレンの一夜を買うために私財を手放したという逸話が残っている。
「はぁ、カナリアにはすぐに戻ると言ったが弱いくせに女を侍らせている男はどこにいるんだ?」
※※※
「びっしょん」
「あらあら隊長、お風邪でも召されましたか?」
夕飯のデザートのアイスクリームを食べていた隊長はくしゃみをした。
それに気付いたヴィヴィは隊長の肩に風除けの布を被せた。
「熱は無いようですわね」
「ヴィヴィ」
「何でございましょう?」
「子ども扱いをしないでくれ」
「一人で椅子から降りられるようになってから言ってくださいね?」