才ころ
「しかしねえ……君、本当かね? 【最適な仕事】をやめるというのは」
「はい、辞めさせていただきます」
「それはできないよ」
「いいえ、辞めさせていただきます」
「私がそうはさせないよ」
「では、勝手にここを出て行きます」
「【最適な仕事】というものはね。絶対なんだよ。他の全員と同じように、君が生まれた瞬間にコンピュータが君の才能を分析して、それに基づいて君にとっての【最適な仕事】が最適に決まっているのだよ」
「子どもの頃から散々聞かされています」
「【最適な仕事】が嫌いになったのかい?」
「いいえ、他の皆と同じように大好きです」
「では、何故辞めるんだね?」
「自分の仕事に満足できなくなりました」
「正気かね!? 私は君を許さないぞ。君にとって適正の無い仕事を始めることになるのだぞ!」
「一向に構いません。それができれば、それだけで私は満足です」
「………………」
「それでは私はこれでお暇します」
「ああ……どうしよう……、もう全てがおしまいだ。彼が【最適な仕事】を辞める事で才能の無い“誰か”が彼の分を仕事をやることになる。そうなるとその“誰か”の【最適な仕事】の席が空いてしまう! それを繰り返してみろ! 全員が【最適な仕事】をできなくなってしまう! 皆、不幸になってしまう……」
「出て行った彼が秩序を乱すというのならば、撃ち殺してしまうというのはどうでしょうか?」
「駄目だ駄目だ! 【撃ち殺す仕事の人】と【撃ち殺される仕事の人】は皆と同じように産まれたときから既に全て決まっているんだ! それに彼が死んだらいよいよもって誰が彼の【最適な仕事】をやるというのだ!」
「【緊急事態を収める仕事の人】はいないのですか!?」
「それは――――――私だよ……」
【緊急事態を収める仕事の人】はもう声が出なかった。
出て行った男の選択によって直に、直に滅びがやってくる――逃れられぬ破滅が。
男が古びた倉庫の扉を開ける。
その中央に座り込み、地面に置いてあったソレをゆっくりと掲げた。
――達磨だった。
墨を刷り、筆を取り出し、息を大きく吸い込み可能な限り丁寧に達磨に目を入れた。
男が描いた右目は立派に描かれた左目よりも少しだけ小さく、不恰好だった。
男は一言だけ
「ああ――よかった。初めてできた」
と、満足そうに呟いた。
倉庫の窓から、穏やかな夕日が差し込んでいる。
了