SS.Sleeping Beauty
開け放たれた窓から吹き込んできた風が真っ白なカーテンを躍らせる。
気がつけば、穏やかな寝息を立てる彼女の唇にピンク色の桜の花びらが一枚載っていた。
きっと今の風が運んできたんだろう。
春は彼女の一番好きな季節だった。
でも、今の彼女は春が来たことすら知らずに眠り続けている“眠り姫”
二ヶ月前のあの日――バレンタインを間近に控えていたあの日から彼女の時間は止まったまま。
ずっと友だちだった彼女のことをいつから好きになってしまっていたのか、正直そのへんの境界は分からない。
とにかく、気がついた時には好きになっていた。
でも、友だちであった期間が長すぎて、彼女と一緒にいるのがあまりにも当たり前すぎて、彼女と過ごす時間があまりにも心地よすぎて……。
僕は今の関係を壊すことが怖くて彼女に自分の気持ちを告白することができなかった。
もし僕が告白して振られてしまったら、もう今までどおりの関係には戻れない。
……今にして思えば、彼女も僕と同じ理由で悩んでいたのかもしれない。
「これ、すっごく感動した。読んでみてよ」
あの日、そう言って彼女が僕に貸してくれた本は、幼馴染同士のもどかしい恋を描いたもので、女の子が勇気を振り絞って幼馴染の男の子に告白するシーンに栞が挟んであった。
「今からバレンタインのチョコ買いに行くんだ。大丈夫。心配しなくてもちゃんと君にもあげるからさ。期待してていいよ」
冗談めかして笑っていた彼女との最後の会話だった。
後刻、彼女が事故に遭ったという知らせを受けた。
告白する勇気がなかった僕にその資格はないから、僕は眠り姫にキスはしない。
僕はただ彼女の目覚めを待ち続ける。
彼女が目覚めたら、その時こそ僕は……。
Fin.