暗闇
いつの間にか、街はすっかり闇に覆われていた。
それも普通の闇ではない。星空なんて見えはしないし、ほんのわずかな蝋燭の火も存在しない……真の闇である。
魔石鉱山の奥深くですら微かな灯りを頼りに生きていたフェリスは、初めて体験する正真正銘の暗黒に怯えた。
「………………っ……っ……っ……」
「フェリス……?」
モノも言えずカタカタと震えるフェリスに、アリシアが心配そうな声をかける。
「す、すみません……手ぇ、握っててもらえたら、嬉しいんですけど……」
「もちろん構わないわ。はぐれちゃったら大変だしね」
「わ、わたくしも握らせて頂きますわ!」
アリシアとジャネットに手を取られると、フェリスは少しだけ心が安らぐのを感じる。
「なにが起きてるんでしょうか……」
「きっと黒雨の魔女の仕業ですわ!」
「分からないけれど、安全なところまで避難した方が良さそうね……フェリス、歩ける?」
「な、なんとか……」
フェリスは怖くて仕方なかったけれど、二人の腕にしがみつくようにして懸命に足を前に進めた。
――フェリスが! フェリスがぎゅーってしてきていますわ! 今日は人生最大のラッキーな日ですわ!
こんな異常事態でも通常営業なジャネットである。ジャネットとしても年相応に暗闇は怖いのだけれど、それはそれとして歓喜が恐怖を上回っている。二十五倍ほど。
三人の少女たちはお互いに支え合いながら、必死に手探りで進んだ。とりあえず王都から離れないと危ない感じがしたので、大通りらしき場所を通り、門らしきところを通って、平原らしきところを歩く。
「これ……ちゃんとした方向に進んでいるのですかしら……」
「ここ、さっき通ったような気がするわね」
「通ったような気がするのかどうかも分からないですけど……」
何度もなにかにけつまずき、転びそうになるが、無我夢中で立て直す。ぐにょっとしたモノを踏んだときは嫌な気持ちがするものの、そこで立ち止まるわけにはいかない。そもそも止まるのは余計に怖い。
しゅぽんっと、結界のような箇所を通り抜ける感覚がして、フェリスたちの視界が開けた。
街道、なだらかな丘、そして広々とした草原。見た感じ、王都の中ではない。先に脱出してきたのか、平野には結構な人数の住民が立ち尽くしている。
住民たちは唖然として、フェリスたちの背後を眺めていた。
その視線に釣られ、三人の少女も自分たちのたどってきた道を振り返る。
「え……」
「なんなん……ですの……」
「ふえええっ!?」
フェリスたちもまた、ぽかんと口を開けた。
王都が、消えていた。
いや、正確には消えているのではないのかもしれない。しかし、王都の姿は見えない。その偉大なる都があったはずの場所、気が遠くなるほど広大な範囲を、真っ黒な塊が占有していたからだ。
漆黒の巨塊。あるいは山、もしくは形を持った濃霧。
すべてが闇に満たされ、王都の中を見通すことができない。堂々たる門扉も、華やかな大通りも、秀麗な王宮も姿を失っている。
「アリシア様! ジャネット様! フェリス! 無事でしたか!」
平野の少し離れたところから、ミランダ隊長が息せききって駆けてきた。
「ミランダ隊長も無事でしたのね。いったいなにが起きていますの?」
「魔術師団の学者が原因を究明中です! 今はそれより、危急解決しなければならない問題がありまして! 皆さんは王都からなるべく距離を置いていてください! できれば学校に戻ってほしいのですが、移動手段もありませんし……」
「問題……ってなにかしら」
「あっ」
ミランダ隊長は口を手で押さえた。
腰の後ろで腕を組むと、美しい口笛を吹き始める。
「ナ、ナンデモナイデスヨー」
「言わないとお父様に言いますわ、ミランダ隊長の秘密をいろいろ」
「ひいっ! おゆるしを! そればかりはおゆるしをー!」
ミランダ隊長はジャネットの前に土下座した。
「ど、土下座なんかしなくていいですわ! それより問題っていうのを教えてくださいまし!」
「そ、それがですね……。王族の方々はほとんど王都を脱出してこられたのですが、姫殿下だけが見つからなくて……」
「姫様って……私たちと同じくらいのお年だったわよね……?」
「ものすごく可愛らしいお方でしたわ! 大丈夫ですの!?」
ずっと仲良くなりたくてしょうがなかった憧れの存在の危機に、ジャネットは青ざめる。
ミランダ隊長は気まずそうに手をこまねいた。
「だ、大丈夫かどうか……私には……。そ、それで、姫殿下を捜しに王都に乗り込んだ魔術師団長まで、まったく戻ってこられなくて……」
「お父様が!? さ、捜しに行かないとっ……!」
ジャネットは慌てふためいて王都へと走り出す。
「ま、待ってください! 今、魔術師団で捜索隊を組んでいるところですから! お嬢様方は安全なところにっ……!」
「じっとしていられるわけがありませんわーっ!」
ミランダ隊長の制止もむなしく、ジャネットの姿は闇の中に消える。
「……フェリス」
「は、はい!」
アリシアとフェリスはうなずき合い、ジャネットの後を追いかけた。




