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十歳の最強魔導師  作者: 天乃聖樹


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闇夜の戦い

お陰様で書籍版も好調のようです……応援くださり本当にありがとうございます!!

 深夜。


 フェリスとアリシアが別荘のダブルベッドで眠っていると、急に外から爆発音が聞こえてきた。


「ふぁ!? もう朝ですか!?」


 よく分からないことを口走りつつ飛び起きるフェリス。


「なにかしら……街の方が妙に明るいみたいだけど……」


 アリシアは窓に歩み寄って外を眺める。


「大変ですわ! 街が! 街が!」


 隣室に泊まっていたジャネットが大慌てで部屋に飛び込んできた。


 三人して窓ガラスに張りつくようにして目を凝らす。


 そのあいだにも、街の空には閃光が走り、なにかの破片のようなモノが飛び交っている。爆発音が轟き、別荘の窓ガラスがびりびりと痙攣する。


「いったい、なにが起きてますの!?」


「ここからじゃ分からないわね……」


「も、もしかして、昼間のカースドアイテムのせいで大変なことになっているんじゃないでしょうか……」


 フェリスは震える。自分がカースドアイテムをすぐに解呪しなかったせいで街が騒ぎになっているのだとしたら……と考えてしまう。


「わ、わたし、様子を見てきます!」


「ちょっとフェリス!? 危険よ!?」


「でもっ、わたしのせいですから! わたしが責任を持って、なんとかしないと!」


 本当は、十歳の少女であるフェリスにカースドアイテムを処理する責任などない。けれど、そういうふうには思えないのがフェリスだった。


 ただ、街の人のことが心配で心配で、寝室から駆け出さずにはいられない。


「フェリスだけを行かせるわけにはいきませんわ! わたくしも!」


「子供だけで夜に出歩くのは良くないけど……状況が状況だから仕方ないわ!」


 ジャネットとアリシアも自分の杖を抱えてフェリスの後を追う。


 真っ暗な夜道を転がるように駆けながら、三人の少女は街を目指した。


 繁華街にたどり着くと、そこは大騒ぎになっていた。


 人々の悲鳴、壊される家屋、吹き飛ぶ馬車。


 その中心にいるのは……木製の巨大な『なにか』だった。


 胴体は、昼間に入店を禁止された酒場に見える。いや、ドアや窓の配置などから見ても、紛れもなく例の酒場だろう。


 しかし、妙な手足のようなものはついているし、窓には大きな目玉がぎょろついているし、その手足が暴れまくって周りの建物を壊しているしで、すべてがおかしい。


 酒場の屋根には昼間のカースドアイテム――樽が突き出しており、その樽から血管のような管が幾つも生えて酒場の壁にへばりついていた。


「やっぱりカースドアイテムですわ!」


「わわわわわ……どうしましょう……こんなことになるなんて……」


 フェリスは青くなって震えた。


「カースドアイテムということは、呪いを解けばいいのよね。絵本のクマのときみたいに、呪いの元になっている尻尾でも見つかればいいのだけど……」


「こんなに暴れてたら、尻尾を見つけるのが大変ですーっ!」


「わたくしが話しかけて注意を惹き付けますわ! わたくしの話術なら、ひょっとしたら話だけで呪いが解けるかもしれませんものね!」


「それは……無理じゃないかしら」


「どうして無理なんですの!? わたくしには話術なんてないとでも言いたいんですの!?」


「落ち着いて、ジャネット。そんなことは言っていないわ。あなたの話術に期待しているわ」


 アリシアは力強くうなずくが、ちょっと目が笑っている。


「これだからグーデンベルトの人間はっ!」


 ジャネットは地団駄を踏みながらも、果敢にカースドアイテム(樽)に呼びかける。


「ちょっとそこのあなた! いい加減にしないと怒りますわよ! そんなに大暴れしたら、街の皆さんに迷惑でしょう!?」


 呪われた存在に対して正論で突っかかる令嬢――それがジャネット・ラインツリッヒである。


 カースドアイテム(樽)はゆっくりと体を回してジャネットの方に顔(?)を向け、悠然と見下ろす。


「オレは暴れてなどいない! 食事をしているだけだ!」


「食事……?」


 いきなりカースドアイテムが口をきいたことに戸惑うジャネットだが、それ以上に言っている内容に戸惑う。


「そうだ! オレは樽だ! モノを入れるのが使命でありレゾンデートルだ! だというのに、オレの一生はなんだ!? くだらない装飾品として、酒場の天井につり下げられて、空っぽのままに生きて! オレは空っぽだ! オレという存在は空っぽだ! だからオレはこうして自らのアイデンティティーを確立するため、自分の中にできる限りのモノを入れようとしているのだあああああああ!」


 なんて一気にまくし立てると、カースドアイテム(樽)は大きな腕を伸ばして近場の民家から屋根をもぎ取り、口らしき部分に突っ込んで噛み砕いた。


「れぞん、でーとる……? あいんでんてぃてぃー?」


 フェリスはわけが分からず混乱する。


「……とにかく倒すしかないってことね」


「なんだかそういう感じがしてきましたわ! 話が通じませんし!」


「でもでもっ、まずは話し合いをっ……!」


 フェリスは訴えるが。


「ふははははは! 樽の中には人間だって入るんだぞおおお! あーいでーんてぃてぃいいいいいいっ!」


 カースドアイテム(樽)は一際大きく叫び、街の住民たちの方へと突進した。


「ひぎゃああああ! 建物が襲ってくるううううう!」「助けてえええええっ!」「ワシがなにしたって言うんじゃあ! 酒か! 酒の飲み過ぎがあかんかったのか!」「家には妻と三人の娘が待っているんだ! 命だけはああああ!」


 住民たちはパニックに陥って逃げ惑う。


「ダメですうううううううっ!」


 フェリスはとっさに手の平を突き出して叫んだ。


 その手から魔力の塊がぶっ放され、カースドアイテム(樽)を吹き飛ばす。


「ごほおおおおおおおおおお!?」


 カースドアイテム(樽)は大音声を上げて転倒した。胴体である酒場の窓が割れ、壁に亀裂が走る。


 カースドアイテムは目を回しながらも起き上がり、大顎からじゅるりとよだれを垂らしてフェリスを見下ろした。


「んん? んんんんんん? オマエ、すっごい旨そうだな! オマエを中に入れたら、オレはオレらしくなれる気がする! 自分らしさを手に入れられる気がする!」


「気のせいですからやめてくださあああああいっ!」


 フェリスは慌てて逃げ出した。あまりカースドアイテムや酒場を傷つけたくないし、街を壊したくもない。早く呪いの大元を見つけないといけないと思った。


 ずしんずしんと地響きを立てて追いかけてくるカースドアイテム。


 歩幅の小さなフェリスはすぐ追いつかれそうになってしまう。


「フェリス! わたくしがおんぶしますわっ!」


「すみませえんっ!」


 ジャネットがフェリスを背負って走る。


 ――ああっ、フェリスが! 小っちゃなフェリスがわたくしの背中にしがみついていますわ! このときが永遠に続けばよろしいですのに……!


「永遠に続いたら私たち全滅よ?」


「心の声が表に……!?」


 ジャネットは羞恥心で死にそうになった。


「あのあのっ、できたら樽さんの後ろに回り込んでもらえますか!?」


「もちろんですわ! フェリスの頼みならわたくし、軍馬にだって競走馬にだってなりますわー!」


 普段の暴走力を存分に発揮し、ジャネットはカースドアイテムの背後に回り込む。


 すると、樽の背面に黒い尻尾のようなものがみょんみょんと揺れているのが見えた。


「あれが呪いの原因ね!」


「『魔素さん! わたしを尻尾まで飛ばしてください!!』」


「フェリス!? どうしてわざわざそんな危険な魔法を使いますのーーーーーーっ!?」


 ジャネットの叫びも虚しく。


 凄まじい風が沸き起こり、フェリスの体がジャネットの背中から吹き上げられた。


 十歳の小さな体が夜空を木っ端のように舞い、そして樽の背面にたどり着く。


 フェリスは樽の背面から生えている尻尾にしがみつき、そのまま尻尾にぶら下がるようにして身を躍らせた。


 勢いがついていたせいで、尻尾に大きな力がかかり、無理やり引っ張られる。


「オレのアイデンティティーがあああああああっ!」


 カースドアイテム(樽)は絶叫を響かせながら崩れ落ちた。


 酒場が地面に叩きつけられ、樽が屋根からすっぽ抜けて転がる。


「ひゃああああああああっ!?」


 宙を墜落していくフェリス。


「危ないですわーっ!」


 ジャネットはフェリスをキャッチしようと全力疾走し、フェリスの下敷きになって潰れた。


「わわわっ、ごめんなさいっ!」


「むぎゅ……い、痛いですわ……でもこの痛みが幸せですわ……」


「ジャネットって……いい人よね」


 アリシアはくすくす笑ってジャネットを眺める。


 フェリスはジャネットの上から飛び退くと、カースドアイテム(樽)に駆け寄った。


「樽さん! もう悪いことはしないって約束してください!」


「しねえよお……もうそういう気分じゃなくなっちゃったし……ただ、オレは切なかっただけなんだよお……一度くらいは自分の中にモノを入れてみたかっただけなんだよお……。そしたら、なんか黒い影みたいな女が、『願いを叶えてあげる』ってオレに言ってきて……」


「黒い影みたいな女……? 前に、絵本のクマもそんな人のことを話していたわよね……?」


「ひょっとして、カースドアイテムを作ってまわっている人がいますの……?」


「な、なんでそんなことするんですか!?」


「分からないけど……気をつけた方が良さそうね」


 アリシアは眉を寄せる。


「はーあ、いい感じだったのになぁー。街の全部を呑み込めば、オレはオレらしくなれたかもしれないのになぁ……」


 樽はしきりにため息を吐く。


「え、えっと、自分らしくとか、あんまり考えなくてもいい気がするんですけど!」


 フェリスが言うと、樽はきょとんとした。


「どーゆーことだ?」


「あの、そのっ、樽さんは樽さんですしっ、綺麗だから飾られてたんですし、それは樽さんが特別な樽さんってことじゃないですか! それって、すごいことだと思います! 普通に水を入れてるより、もっともっとすごいことだと思います!」


「なるほど……? そういえば、そうかもな! オマエに言われたら、なんかそういう気がしてきた……! オレは唯一無二の存在! 世界で最も偉大な存在だったんだな!」


「そこまでフェリスは言っていませんわよね!?」


 ジャネットは指摘するが、樽は聞く耳を持たない。


「よーし、オレはすごい……オレはすごい……このすごいオレが、酒場に戻って愚民共を再び天井から見下ろしてやるとするかぁ……ふはははは!」


 なんだかやたらとすっきりした様子になった樽は、ころころと転がって酒場の中に戻っていった。


「一件落着……なのかしら?」


「ですわね……なんだか釈然としませんけれど……」


「樽さんがおとなしくなってくれて良かったです!」


 少女たちが言葉を交わしていると。


 周辺の壁や物陰に隠れていた住民たちが、恐る恐る表に歩み出してきた。


「これ……嬢ちゃんが止めてくれたのか……?」「あんな化け物みたいな奴を、こんな小っちゃな女の子が……?」「とんでもねえ……嬢ちゃんは街の英雄だよ!」「ありがとう……ホントにありがとう!!」


 住民たちが目を潤ませてフェリスに近づいてくる。


「あ……えと……わたしは別にっ……もう寝なきゃいけない時間なのでっ、おやすみなさあああいっ!」


 街の英雄(十歳)は恥ずかしくなってその場から逃げ出した。

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