農園の困りごと
「ふわあああああ……。ぱふぇ、おいしーーーーですーーーー!!」
ほっぺたにクリームをいっぱいつけて、フェリスは喜びの声を上げた。
農園の一角に置かれたテーブルの上には、いちごパフェが三人分載っている。捕獲したいちごでジャネットが作ってくれたデザートである。
「喜んでもらえて良かったですわ」
にこにこするジャネット。
「ふふっ、フェリスったら、クリームがついているわ」
アリシアはフェリスのほっぺたからクリームを指で取って口に入れる。
ジャネットは愕然とした。
「あ、あ、あなた……な、なにを……」
「……? どうしたの、ジャネット?」
アリシアは小首を傾げる。
「なんでもありませんわ……」
ジャネットはがっくりとうなだれた。
本当は自分がフェリスのほっぺたからクリームを取ってあげたかったのに。でも、そんな大胆なことはとてもとてもできなくて。こうも簡単にこなしてしまうアリシアが羨ましくて仕方なかった。
「はは……お嬢様方にちゃんと召し上がっていただけて、安心しました……。一時はどうなることかと……」
テーブルのそばで見守る農民が、額の汗をぬぐってため息を吐く。
「今日みたいなことは、よくあることなのかしら? その……この地方ではいちごがよく飛ぶのかしら?」
「まさか! この年まで生きてきて、いちごが飛ぶなんて初めてです!」
アリシアの問いに、農民は全力で首を振った。
「じゃあ、どうして……」
「分かりやせんが、最近おかしなことが多いんです。きちんと肥料はやってるのに、作物はなかなか育ちませんし、このままじゃワシらの食う物どころか領主様への小作料さえまともに払えるかどうか……」
農民は青ざめた顔でつぶやく。
フェリスは首を傾げた。
「こさくりょう、って、なんですか?」
「畑を使わせていただいているお礼として、領主様にお渡しする作物とかお金でさ。今年はもう身売りするか牢に入るかしかないかと思ってるぐらいで……」
「そんな……来年まで待ってもらうとか、できないんですか!? アリシアさん……」
フェリスは震えながらアリシアを見上げた。
売られるとか、牢屋に入るとか、そういうのは嫌だった。たとえ自分のことでなくても、いや、自分のことでないからこそ、聞いているだけで悲しくなってしまう。
「うーん……ここはグーデンベルト家の領地じゃないから……」
遠縁の親戚とはいえ、アリシアが口出しをするのは、領主への越権行為になってしまう。
「少しでも、こさくりょうを減らしてもらうとか、無理なんでしょうか……なにか、なにか、方法とか……わたしにできることとか……」
フェリスは必死に訴える。
アリシアは微笑んだ。
「仕方ないわね。なんとかお願いしておくわ」
「お嬢様……! ありがとうごぜえます!」
農民は腰を折るようにしてアリシアに頭を下げた。
「小っちゃいお嬢様もありがとうごぜえます!」
「ふえ!?」
引き続いて頭を下げられ、フェリスは慌てる。別にお礼を言ってほしかったわけではないし、自分はなにもしていないのだ。
「でも、小作料を減らすだけじゃ、解決にはならないわよね。どうしていちごが飛んだり作物が育ちにくくなったりしているのか、原因を突き止めないと」
「王都の魔法研究所に調査を頼んでみたらいいんじゃありませんの?」
「残念だけど……作物の出来が悪いくらいでは動いてくれないと思うわ」
「どしてですか?」
フェリスが尋ねると、アリシアは表情を曇らせる。
「もっと国中に被害が出れば別だけど、今の状態だと、あんまりたいしたことじゃないと思われてしまうはずよ。あの人たちは、市民の暮らしがどうなるかなんて特に興味はないから」
「そんなあ……」
フェリスは情けない声を漏らした。
ここに困っている人たちがたくさんいるのに、どうして助けようとしないのか分からない。この世の中は、本当に難しいことばかりだ。
だけど、フェリスは難しいことを考えるのを諦める。誰かが困っているのなら、やりたいことは一つだ。
「じゃ、じゃあっ、わたし調べますっ! この辺りでなにが起きているのか、どうして作物が変になっちゃってるのか、頑張って調べてみますっ!」
「それならわたくしも調べますわ!」
「そうね。私たちでも、なにか分かることがあるかもしれないし……」
少女たちはうなずき合った。
「お嬢様方……申し訳ねえ……」
農民は目を潤ませている。貴族の連中はお高くとまっていて下々の気持ちなど考えもしないと思い込んでいたが、この少女たちは違う。その優しさと無邪気さに、まるで天使を見ているような心地だった。
「土……が変なんでしょうか? 毒が流れてきてるとか……」
フェリスは畑の中に入り込み、手の平に土をすくって観察する。
ちょっと枯れている感じはするが、普通の土だ。
「うーん、よく分からないです……もっと奥になにかあるとか……?」
素手でせっせと畑を掘り、泥まみれになりながら土を調べる。ずっと魔石鉱山で働いていたから、土掘りなら手慣れたものだ。
「素手で触るのは……ちょっと抵抗があるわね……」
「フェ、フェリスだけにやらせるわけにはいきませんわっ! 覚悟を決めないと……!」
二人の生粋のご令嬢は、ごくりと唾を呑んだ。
決死の覚悟を決めると、恐る恐る土を探って調べていく。
「あら……変ね、この土……」
「なにがですか?」
「普通、自然の中には微弱な魔力が宿っているはずなんだけど……この土からはほとんど魔力を感じないのよ……」
「なんだか……今も土から魔力が吸われているような感じがしますわ……。いったい、どうやって……あ!」
ジャネットは手を叩いた。
「地脈喰いじゃありませんの!? 海で火山に寄生していた!」
「あれはフェリスが倒したはずよ。それに、地脈喰いは作物が育たない理由にはなるけど、いちごが空を飛ぶ理由にはならないわ」
「じゃあ、他になにかアイディアでもありますの!?」
ジャネットは頬を膨らませる。ばちばちっと二人のあいだで火花が(ジャネットから一方的に)走った。
「と、とにかく! 魔力がどこに流れていってるか、調べたらいいんじゃないでしょうか! そしたら、どうすればいいか分かる気がします!」
「魔力の流れを追いかけるのは難しそうね……。本当に弱い流れだし……」
アリシアは身構える。
「がんばりますっ!」
フェリスは両手を地面に突き出し、一生懸命に精神を集中させた。空気の動き、小さな物音、わずかな魔力のささやきにまで耳を澄まし、感覚を研ぎ澄ます。
「う~~~~~~~~~~~~~~~ん……こ、こっちですっ!」
フェリスは魔力の流れを感じ取り、少女たちの先に立って歩き始めた。




