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十歳の最強魔導師  作者: 天乃聖樹


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魔物ガズーラ

 森の奥深く、木々を押し分けるようにして突き出した丘があった。


 ごつごつとした岩肌を、フェリスたち三人はゆっくりと登っていく。

 ちょっと足を踏み外したら何十メートルも転げ落ちそうな斜面や、見上げるほどの絶壁もあり、気を抜けなかった。


 辺りにはうっすらと霧が漂っており、湿度の高い空間で三人は汗ばんでいく。丘とはいえ、それはもはや山に近く、女の子の体力ではなかなか厳しい道のりだ。


 アリシアは気遣わしげにフェリスを見やる。


「大丈夫? ずいぶんつらそうだけど……」


「だ、大丈夫です! そんなにつらくはないですから!」


 なんて反射的に首を振りつつも、フェリスは肩で息をしていた。


「わ、わたくしがおんぶしてさしあげますわ! さあ、フェリス、お乗りになって!」


 ジャネットがいそいそとフェリスの前でしゃがみ込み、おんぶにいざなおうとする。


「ジャネットさんって、昔とずいぶん印象変わったわよね……こんな、誰かのお世話をしたがる人だとは思ってなかったし……」


 アリシアはジャネットを眺めてつぶやいた。


 ジャネットは赤面する。


「よ、よろしいじゃありませんの! フェリスを見ていたら、むしょうに放っておけなくなるのですわ! なにか悪くって!?」


 アリシアは微笑む。


「悪いとは思わないわ。私も同じだし」


「あ、あああなたとわたくしは違いますわ!」


 ぷいっとそっぽを向くジャネット。


 そんな二人の厚意に包まれ、フェリスはにこにこする。

 子供扱いされるのはちょっと恥ずかしいけれど、でも、大好きな二人に愛されているのはとっても嬉しかった。


 三人は丘の頂上に登り切り、警戒しながら周囲を見回す。


「ガズーラ、まだ出てきませんわね……」


「うーん、確かにこの丘に生息しているってしおりに書いてあったのだけど……」


「おひるね中でしょうか? 先にごはんを済ませちゃいましょー!」


 フェリスがピクニック気分で荷袋から携帯食料を取り出した、そのときである。


 周囲に激震が走り、丘の頂上、その地面が破裂した。


 土砂が飛び散り、地下から大きな筒のような生き物が噴き出してくる。


 それはまさに……。


「ミ、ミミズですううううううううううっ!!!!」


 フェリスは心からの悲鳴をほとばしらせた。


 全長何メートルあるとも知れぬ、巨大なミミズ。


 ぬめぬめした紫色の体躯を蠢かし、口から汚らしい粘液を滴らせている。


 そして、特筆すべきは、その臭いである。

 残飯と死体を混ぜ合わせて最凶最悪の菌を繁殖させたような、胸の悪くなるような腐臭が放たれているのだ。


「こ、これは……強烈な魔物もいるものですわね……」


 ジャネットは身をこわばらせた。


 アリシアは拳を固める。


「これがガズーラよ。倒せば1000ポイントになるわ。頑張りましょ!」


「が、頑張りたいですけど……」


 カタカタと震えるフェリス。


「フェリス? どうしたんですの? すごい冷や汗ですわ」


「わ、わたし、ミミズはダメなんです……。鉱山で魔石を掘っていたとき、ミミズだらけの洞穴に落ちちゃったことがあって……脱出できるまで三日三晩にゅるにゅるで、ぬめぬめでぇぇぇぇ……」


 その目はもはや焦点が合っていない。

 よほど恐ろしい思いをしたのだろうということが、見ているジャネットやアリシアにも容易に察せられた。


 こんなときこそフェリスに良いところを見せるときだと、ジャネットは拳を握り締める。


「大丈夫ですわ、フェリス。このわたくしがついていますから!」


「あっ」


「ひゃっ」


 ジャネットとアリシアの目の前で、フェリスがぱくっと巨大ミミズに丸飲みにされた。


「フェ、フェリスーーーーーーーーーーっ!?」


 ジャネットとアリシアの悲鳴が響き渡る。


 ガズーラはその巨体からは想像もできない機動力で胴体を振り回し、二人を吹き飛ばした。


 二人は杖を抱き締めるようにして地面を転がり、すぐさま跳ね起きる。


 ガズーラの腹の中からは、フェリスの声が何一つ聞こえない。


 ジャネットとアリシアは、さーっと青ざめた。


「フェリスが! フェリスがガズーラに食べられちゃいましたわ! わたくしのフェリスがああああああ!」


「ま、待って、落ち着いて! すぐに助け出せば大丈夫よ! というかフェリスなら、簡単に自力でガズーラを倒して脱出できるはず……」


 アリシアは言うが、しかし、ガズーラは内部から張り裂けるなんてことはなく、平然と暴れまくっている。


「脱出できますの!?」


「気絶でもしているのかしら!?」


「このままじゃ消化されちゃいますわよ! どうしますの!?」


「わ、分からないわよ! どうしたら!? どうしたら!?」


 パニックに陥るジャネットとアリシア。


 胸を押さえ、すーはーと深呼吸する。


 アリシアは表情を引き締めた。


「ここは、二人で力を合わせてフェリスを救出するしかないわ」


「そ、そうですわね。ライバルと協力するなんて不本意ですけれど、フェリスのためなら仕方ありませんわ!」


 共闘の印に、二人は手を握り合う。


(あれ……なんですの、この感じ……)


 ジャネットはなんだか胸の中がくすぐったくなって、すぐに手を引っ込めた。


 熱い血潮が体の奥で燃え立ち、勇気が湧いてくる。自らのライバルに負けぬよう、恥じることのなきよう、戦わねばならぬと思わされる。


「じゃあ、行きましょ!」


「え、ええ! まいりますわ!」


 二人は杖を握り締め、ガズーラに向かって走り出した。


「天翔る風よ、静かなる透明の刃よ、我が力となりて、蠢く敵を切り裂け――スライスエッジ!!」


 唱えるジャネットの杖から、カマイタチが放たれる。


「炎の滴よ、燃える力よ……我が意に従いて、敵を討て――バレットフレイム!」


 唱うアリシアの杖から、火炎が噴き出す。


 カマイタチと炎はガズーラを直撃するが、敵は怯む素振りすらない。


 甲高い咆哮を上げ、さらに勢いを増して、胴体を暴れさせる。


 地面が割れ、土砂が噴き上げ、轟風が吹き荒れる。


「きゃあああああああああ!?」


 二人は抗う術もなく吹き飛ばされ、制御もできず宙を舞う。


 ジャネットは自らの体が飛ばされていく先に断崖絶壁を見て、心臓を凍りつかせた。


 なんとか急いで着地しようと思うが、体勢を整えることさえできない。


 崖からその身がこぼれ落ち、今まさに墜落していかんとする。


 と、ジャネットの腕が掴まれ、体に衝撃が走った。


 見れば、絶壁の端に右手で掴まったアリシアが、左手で必死にジャネットの腕を握り締めている。


「グ、グーデンベルトさん!?」


「すぐ……引っ張り上げるから……あんまり、動かないで……」


 崖を掴んだアリシアの右手が、ずり落ちていく。

 とても二人分の体重を引っ張り上げられるような余裕はない。

 岩肌に突き立てた爪からは血が滲み、細い指へと滑り落ちていた。


 ジャネットは叫ぶ。


「も、もういいですわ! わたくしのことなんて放っておいて!」


「そうはいかないわよ! あなた、死んじゃうじゃない!」


 さらにアリシアの手がずり落ちていく。


「これはわたくしのミスですわ! ライバルのあなたに助けてもらう筋合いはありません! わたくしなんかより、フェリスを助けなさい!」


「駄目よ!」


「どうしてですの!?」


 ジャネットはぎりっと奥歯を噛んだ。


 これでは、二人とも無駄死にだ。自分が死んでも、そのライバルまでも死んでしまうなんてことは、絶対に嫌だった。

 自分を負かした栄えある存在として、ライバルにはちゃんと生き残っていてほしい。そうでなければ、負けたのが馬鹿らしくてしょうがないのだ。


 そこまで考え、ジャネットは自分にとってアリシア・グーデンベルトがいかに重要な存在であるかを悟った。


 フェリスがいなければ甘い気持ちになれず、世界に輝きはない。


 けれど、アリシアがいなければジャネットの心は燃えることなく、やはり輝きのない人生になってしまうのだ。


 そんなジャネットの気持ちに呼応するかのように、ライバルがささやく。


 額に汗を滲ませ、腕を震わせながら。


「もちろん、私はフェリスを助けたいわ。だってフェリスが大好きだから。でも……ジャネットさん。ずっと競い合っていたあなたにも、いなくなって欲しくないの。これからもずっと……私の好敵手でいて欲しいのよ」


「アリシア……さん」


 ジャネットは、喉の奥がきゅううっと締めつけられるような感覚を抱いた。


 どうしてだろう、視界が曇っている。


 わけの分からない感情に翻弄され、ジャネットは戸惑っていた。


 しかし……今は。


 惑っているときではない。弱っているときではない。


 フェリスを助けるため、自らを助けなければならないのだ。


「……お願いしますわ、アリシアさん。わたくしを、崖の外壁に掴まらせてくださいまし」


「分かったわ!」


 ジャネットとアリシアは手を貸し合いながら、崖を登っていく。


 足下には恐るべき虚空が待ち構えているというのに、ジャネットは今ほど心強い思いをしたことがなかった。


 二人は同時に崖を登り切り、並んで地面に手を突く。


 同じように息を荒げ、同時に顔を見合わせる。


「行きましょ、ジャネット!」


「ええ、アリシア!!」


 二人は跳び起き、杖を構え、ガズーラに疾駆した。


 互いの杖を重ね、魔力を合わせ、言霊を揃える。


 溢れる魔力に、二人のスカートがバサバサとはためく。


「「風よ、炎よ、二つの力よ! 我が剣となりて、かの者を滅ぼせ! フレイムストーム!!!!」」


 杖から魔術の砲弾が放たれ、ガズーラに激突して爆発した。


 華々しい業火の竜巻が生まれ、ガズーラの巨体を猛回転させる。


 ガズーラは目を回し、口からフェリスの体を吐き出す。


 地面にぽてっと落ちたフェリスが意識を取り戻し、目をぱちくりとさせた。


「ふえっ……? わたし、いったい、今までなにをして……」


 その視線が、こっちへ突進してくるガズーラにぶつかる。


 途端、フェリスはぴょこんと跳ね起きた。


 両手を掲げ、声を限りに叫ぶ。


「ミミズはだいきらいですううううううう! こっち来ないでくださああああい!!!!」


 フェリスから巨大な魔力の塊が放たれ、空気を白熱させながら飛翔した。


 回転し、地面を掻き裂き、ガズーラの巨体を貫く。


 地を揺るがすような爆風。


 ジャネットとアリシアは、反射的に抱き合ってお互いを支える。


 ガズーラの体が真っ二つに弾け、たわみながら地面に叩きつけた。魔物はすぐに動きを止め、モノ言わぬ骸と化す。


「ふうー」


 なんだかやたらスッキリした顔で、フェリスは額をぬぐった。全身がガズーラの体液でべとべとだが、それに気付いてもいない様子だ。


 ジャネットは恐る恐る尋ねる。


「フェ、フェリス……? 大丈夫ですの……?」


「はいっ! ミミズって、実はそこまで怖くないんですね! なんだか一つ乗り越えられた気がします!」


「ショック療法!?」


 アリシアは目を見張った。


 フェリスはジャネットとアリシアを眺め……、指をくわえて、小首を傾げる。


「あれ……? アリシアさんとジャネットさんって、いつの間にそんなに仲良しさんになったんですか?」


 言われて初めて、ジャネットは自分がアリシアと抱き合っていることに気付いた。


 一気に血液が沸騰し、即座にアリシアから飛び退く。


「こ、こ、これはっ、なんでもありませんわ! なななな仲良くなってなんて、いませんわあああっ!」


 照れ隠しに叫びつつも。


 ジャネットは、くすくす笑うアリシアにつられて、自分まで笑顔になってしまうのを止められなかった。

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