人形
プロクス王宮の貴賓室で、フェリスたちはだらけきっていた。
絶品の名物料理が好きなだけ出てくるし、広い風呂は入り放題、しかも勉強はしなくてよいとなれば、長旅の反動で気が抜けるのも当然。薔薇の花が散らされた湯船でほかほかになった少女たちは、ふかふかのベッドに顔をうずめる。
一連なりになった貴賓室の中央、廊下への扉の前には、メイドが一人立っていた。フェリスがトコトコと近づいていくと、メイドは上品に微笑む。
「どうなさいました? 御用がございましたら、なんでもお申し付けくださいませ」
「あ、あの、メイドさんも疲れると思うので、座っててください。眠たかったら、ベッドもたくさんありますし」
フェリスが心配する。このメイドは昼食のときから立ちっぱなしのような気がした。
「どうなさいました? 御用がございましたら、なんでもお申し付けくださいませ」
同じ台詞を繰り返され、フェリスは小首を傾げた。
「えと……、立ってるの疲れないんですか?」
「どうなさいました? 御用がございましたら、なんでもお申し付けくださいませ。食事ですか、お召し物ですか、それとも玩具をお持ちいたしましょうか?」
「??????」
会話が噛み合っていない。ひょっとしたら言葉が通じないのだろうかと思い、フェリスは行動で示すことにする。
「こっち、こっちです」
椅子の方へメイドの手を引っ張ると――メイドの体がぐらりと揺れた。
「ひゃああっ!?」
メイドが倒れ、フェリスが下敷きになる。じたばたもがくフェリスだが、非力すぎて抜け出せない。
「フェリスになにをしているんですのー!?」
ジャネットが飛び起きた。毛布に頭まで潜っていたはずなのに、フェリスのことに関してはさすがの危機察知能力である。
少女たちは寝室を出てフェリスの方へ駆け寄る。アリシアがフェリスを引っ張り出す。
「ご、ごめんなさい。だいじょぶですか? ぐあい悪いんですか?」
フェリスはメイドに呼びかけるが、メイドは顔色一つ変えず繰り返す。
「どうなさいました? 御用がございましたら、なんでもお申し付けくださいませ」
「ふえ…………」
フェリスは怖くなって後じさった。
アリシアは嫌な予感がして、貴賓室の出入り口の扉に近づいた。ドアノブを握るが、回らない。まるで装飾品のように固定されている。
「どうしたのですか……?」
ロゼッタ姫が不安げに尋ねた。
「閉じ込められてしまっているわ」
「罠ですの!? 今からわたくしたち公開処刑されるんですの!?」
「しょけい!?」
縮み上がるフェリス。
「こうなったら強行突破ですわ!」
「ちょ、ちょっと! もう少し考えてから――」
アリシアが止めるも間に合わず、ジャネットが風魔術で扉を破壊する。扉は悲鳴のように奇妙な音を響かせ、赤い液体を噴き出しながら萎れていく。
「な、なんですの、これ……? 気味が悪いですわ……」
「見てください、廊下に!」
ロゼッタ姫が指差す先、エントランスへと続く通路には、大勢の人間がいた。召使いや役人など衣装は様々なれど、皆一様に棒立ちし、じっと少女たちの方を見ている。四列に秩序正しく並び、無表情で瞬きもしない。
「あ、あの……目は痛くないんですか……?」
「気遣ってる場合じゃありませんわー!」
「逃げるわよ!」
ジャネットとアリシアがフェリスを抱え、召使いたちとは反対方向に駆け出す。召使いたちはゆっくりと歩調を合わせて後を追ってくる。その余裕たっぷりの様子が恐ろしく、少女たちは階段を転がるようにして下りていく。
前方の床が歪み、にょきにょきとなにかが生えてくる。人のシルエットになり、シルエットの細部がローブを形作って、袖から痩せ細った腕が伸びる。フードを目深に被り、邪悪な気配を漂わせたその姿は――『探求者たち』の術師。
「今回も『探求者たち』が関わっていたのね……」
アリシアは杖を構えた。




