謁見
書籍版の8巻が10月30日に発売されます!
舞台は雪国プロクス王国。
普段よりさらにきゃっきゃうふふが増量されていますので、
どうぞよろしくお願いいたします!
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王宮に忍び込んだ少女たちは、兵士の目を避けながら大広間の前にたどり着いた。
氷龍の彫像と番兵が左右を守る入り口。その先にクリスタルのシャンデリアがきらめき、奥に王座らしきものがある。
王座に座しているのは、いかめしい顔つきの男性だった。豪奢な服を身につけ、白髪の頭に銀の冠を戴いている。
少女たちは柱に隠れてささやき合う。
「謁見の間ね。あの方がプロクスの国王陛下かしら?」
アリシアが尋ねると、ロゼッタ姫がうなずく。
「間違いありません。何度か式典などでお目にかかったことがあります」
「お話しできるとよいのですけれど、衛兵が邪魔ですわね。また注意をそらさないといけませんわ」
プロクス国王が側仕えの近衛兵に何事か話しかけた。近衛兵たちは敬礼して玉座を離れ、広間の入り口を守る衛兵たちと共に歩み去っていく。
「どうしたのかしら……?」
「国王陛下の警備がいなくなるなんて、普通はあり得ないはずですが……」
アリシアとロゼッタ姫が訝しんでいると、プロクス国王が呼びかける。
「そこに隠れている子供たち。人払いはしたから、こちらに来なさい」
「どして分かったんですかあっ!?」
フェリスはびっくりして柱の陰から飛び出してしまう。
「なにしてますの!?」
仰天するャネット。
「…………あ。まちがえました……」
フェリスはそろそろと柱の陰に戻っていく。
「手遅れですわ!」
「あう……ごめんなさい……。しょけいするなら、わたしだけでおねがいします……」
覚悟を決めてうなだれる。
「処刑などしない。私に用があるのだろう? しばらく兵は戻ってこないから、今のうちに話しなさい……ロゼッタ・ジ・バステナ殿下」
「……お久しゅうございます、陛下」
ロゼッタ姫は通路に歩み出た。今さら逃げるわけにもいかない。姫殿下を先頭に、少女たちは謁見の間へと入っていく。
王座の前までやって来ると、ロゼッタ姫、アリシア、ジャネットはスカートの裾を軽くつまみ、身を屈めて正式な礼をした。
フェリスはアリシアに倣い、慌ててぺこりとお辞儀する。文明社会にはだいぶ馴染んできたフェリスだが、まだまだ社交界のマナーには通じていない。
ロゼッタ姫が威儀を正してプロクス国王に告げる。
「本日は、父君の代理で参りました。和睦を申し入れる文を持たされていたのですが、途中で襲撃を受けて焼かれてしまい……申し訳ございません」
「和睦の文、か」
プロクス国王が眉を上げた。
「はい。我が国の軍が貴国の軍と衝突しているようですが、それは父君の意思ではありません。恥ずかしながら、次兄と拡張論者がクーデターを起こし、父君と長兄は幽閉されています。わたくしは父君と面会できたので、交渉を託され、王宮を逃れてきたのです」
「なるほど。間諜が掴んでいた情報は、正確だったようだな」
「え」
ロゼッタ姫は目を瞬いた。
「バステナ王国でクーデターが起き、姫殿下が逃亡したとの情報は入っていた。反逆者の追っ手に捕まる前に保護するため、手配書を配らせていたのだ」
「そうだったのですね……」
「バステナの動きを警戒して防衛の準備は進めていたが、私としても獣神戦争の再来は避けたい。バステナ国王が開戦を望んでいないと知って安心した」
「では……」
期待を込めて見上げるロゼッタ姫に、プロクス国王は微笑する。
「よくぞ無事にたどりついてくださった、ロゼッタ殿下。我が国は貴殿を歓迎する」
「ありがとうございます……!」
ロゼッタ姫は肩の荷が降りた気がした。これで最悪の事態は防ぐことができたのだ。プロクス国王が好戦派ではなかったのが幸いした。
「逆賊の掃討には、プロクスからも援軍を出そう」
「いえ、そこまでしていただくわけには。バステナの不始末については、バステナで処理します。穏健派の貴族たちも動いてくれているはずですから」
ロゼッタ姫は急いで辞退した。
プロクス軍が味方になれば強力だが、領内に入り込む大義名分を与えてしまうことになる。そのまま居座られたら、バステナ王国の未来が危険に晒されるかもしれない。プロクスの現国王に悪意がないとしても、後継者がバステナの国土を狙っていないとは言い切れないのだ。
「承知した。この王宮の中なら、姫殿下たちの身の安全を保障できる。状況が落ち着くまで、ゆるりと長旅の疲れを癒すがよかろう」
プロクス国王は優しく告げた。
少女たちは国賓用の豪華な客間に通され、心尽くしの歓待を受けた。
専用の食堂、ティータイムを楽しむための部屋、寝室、広々とした浴場までもが一連なりになっている。尖塔の最上階に位置しているらしく、クリスタルの壁からは王都ヴァイスカだけではなく遙かな山々の尾根まで見渡すことができた。
国宝級の調度品が揃った食堂に、次々と豪勢な料理が運ばれてくる。レンガのように分厚いステーキが湯気を上げ、洞窟海老のパイが芳しい匂いを漂わせている。
恭しく給仕を務めるのは、制服のメイドたち。少女たちのグラスが空になったと見るとすぐに近づいてきて、ベリーのジュースを満たしてくれる。
「ふあああ……このプリン、ぷるぷるですぅぅぅ……」
黄金色に輝くプリンを少しずつスプーンですくっては舌に載せ、フェリスはぷるぷると震えている。メープルシロップと生クリームがたっぷりかかっていて、一口味わうだけでほっぺたが落ちそうになってしまう。
ロゼッタ姫はレンズ豆のテリーヌをナイフとフォークで丁寧に切り分けて口に運ぶ。
「プロクス国王が優しい方で助かりました。侍従も通さず急にお目通りを願っただけで、牢に入れられても仕方なかったのですから」
「そ、そうなんですかっ!?」
フェリスは目をまん丸にした。うなずくロゼッタ姫。
「わたくしたちは異国の領土どころか王宮を侵犯していたのです。刺客と思われるのが普通でしょう。ひょっとしたら近衛兵に斬り捨てられていたかも……」
「ふええええ……」
フェリスの手が震え、スプーンからプリンがこぼれ落ちそうになる。フェリス自身も椅子から転がり落ちそうなくらい震えている。
「怖がらせてしまってごめんなさい。ですが、もう大丈夫です。プロクス国王は味方になってくださいましたし、後はバステナ王国の反逆者を鎮圧するだけです」
「戦争は……起きないってことですか?」
おずおずと尋ねるフェリス。
「ええ。和睦の密書はなくしてしまいましたが、目的は果たしました。フェリスたちのお陰で、任務は大成功です」
「良かったです……」
フェリスは胸を撫で下ろした。戦争がどういうものかよく分からないけれど、とても恐ろしいものだということは分かる。たくさんの人が悲しむようなことは、二度と起きてほしくない。
「これからどうするの?」
アリシアがロゼッタ姫に訊いた。
「まずは王宮に滞在して、プロクス王国の高官たちと仲良くなろうと思います。そのあいだにバステナ王国に飛脚を飛ばして、穏健派の貴族たちと連絡を取りたいです。わたくしにできるのは、二つの国を結ぶことだけですから」
「今、バステナ王国に戻っても、軍や影狼に狙われるだけだものね」
「皆さんに危険な長旅もさせたくありません。かつての敵国に亡命するというのも不思議ですが、ここはプロクス国王のご厚意に甘えましょう」
もはや衣食住の不安もない。ようやく危険な日々から解放された少女たちは、王宮の暮らしを思う存分楽しむことにした。




