隠滅
アリシアは用心しながら影狼の前に屈み込み、顔の前に手をかざした。
「大丈夫、息はしているわ」
「よかったですー」
ほーっと胸を撫で下ろすフェリス。
ロゼッタ姫が柳眉を寄せて思案する。
「この刺客、どうしましょうか。放っておいたらまた襲ってきそうですし、衛兵に引き渡したら宮廷にも気づかれてしまいますし……」
「や、やっぱりわたし、処刑されちゃうんでしょうか……」
フェリスは怯えた。
フェリスなら捕縛にやって来た騎士団もまとめて吹っ飛ばしてしまいそうだと思うアリシアだが、それはそれで惨劇だ。隷属戦争の悲劇は繰り返してはいけない。
ジャネットが奮起する。
「フェリスを反逆者にはさせません! わたくしが責任を持って証拠隠滅いたします! そうですわ、埋めましょう! 埋めてしまえばよろしいんですわ!!」
「う、埋めたら死んじゃうんじゃ……」
「生き埋めなら死にませんわ! 生きてるんですもの!」
「なるほどー!」
フェリスが目を輝かせた。
「納得したらダメよ。普通に死ぬわ」
「誰か信用できて頼りになる教員の方など、いらっしゃらないのですか? 相談してみたらいかがでしょう?」
ロゼッタ姫が尋ねた。
アリシアは口元に指を添えて考える。
「頼りになるかは分かりませんが……信用できる先生ならいます」
「ですわね……頼りになるかは分かりませんけれど……」
少女たちは顔を見合わせた。
教員宿舎、ロッテ先生の私室。
訪れたフェリスたちに、ロッテ先生は満天の笑顔を広げた。
「そっかー、先生のこと、誰よりも信用できるって思ってくれたんだー。頼りにしてくれたんだー。それはすっごく嬉しい! でもね……」
ロッテ先生は部屋のど真ん中に転がされた布袋を指差す。
「夜更けにいきなり押しかけられて、こんな落とし物を持ってこられたら困るな!! すごく!!」
以前、フェリスがクラスメイトたちにプレゼントを配って回ったときの大きな布袋に、影狼が首の辺りまで詰め込まれ、ぐるぐる巻きに縛られている。
口には猿ぐつわを噛まされ、「むー! むー!」と唸りながらぐねぐね暴れている。
「ロッテ先生に差し上げますわ! サプライズのプレゼントですわ!」
「サプライズすぎだよ! まず影狼って部隊の存在自体初めて知ったし、なに? その王家直属の隠密部隊を倒しちゃったの? なんで? どうしてそんな危ないことしたの??」
ロッテ先生は泣きそうだった。可愛い生徒たちのことは全力で守りたいと思っているし、そうするつもりだが、一介の魔術史学教師であるロッテ先生にはだいぶ荷が重かった。