楽しい学校
翌朝、フェリスは寄宿舎から教室に来るなり、クラスメイトたちに取り囲まれた。
「ねえねえっ、フェリスちゃんって――」「フェリスって――」「あなたって――」「どこから――」「なにを――」「今まで――」「――ったの!?」
みんな一斉に喋るもんだから、聞き取れやしない。
もはや輪唱であり、騒音であり、フェリスにかろうじて分かるのは自分がなにかを質問されているということだけだった。
しかし、なぜ自分が質問されなければならないのか、これまでずっと歯牙にもかけられていなかった自分にどうして急にみんなが集まっていたのか、分からない。
「え、えっと、ご、ごめんなさい!」
とりあえずフェリスは謝った。
「どうして謝るのよ……」
アリシアがおかしそうに笑う。
「なんだか、謝っておかないといけないような気がしたんですけど……」
「謝る必要はないわ」
「謝っても許してもらえないんですか!?」
「そうじゃなくて、別に誰もフェリスのことを怒っていないし、ただ単にフェリスに興味を持ってるってだけだから。みんな、フェリスとお話ししたいのよ」
アリシアの言葉に、クラスメイトたちがうんうんとうなずく。
敵意を向けられていないということは判明したが、それはそれで余計に萎縮してしまうフェリス。
「わ、わたし、面白い話とかできないですけど……」
「なんでもいいのよ。フェリスのことを話せば」
「そ、そうなんですね……じゃあ、お願いします。頑張って答えます!」
フェリスはゲンコツを固めて構えた。
ファイティングポーズだった。
けれどたいして攻撃力は高そうに見えず、むしろ小動物が威嚇しているような姿なので、クラスメイトたちは遠慮せず質問をぶつけてくる。
「フェリスちゃんって、グーデンベルトさんの妹なの?」
「ち、違うと思います」
「じゃあ、お友達?」
無邪気な質問をされ、フェリスは緊張する。
以前、アリシアからは友達と言ってもらったが、自分がそれを言ってしまっていいのか、図々しくはないのかなどと心配になる。
ひょっとしたら、アリシアにとっては迷惑かもしれないし、奴隷の自分なんかと友達だと公言されたら恥ずかしいかもしれないし……などと考えがぐるぐる渦巻く。
だが、アリシアからにっこり微笑まれ、フェリスは勇気が湧いてきて宣言した。
「お、おおおおおおお友達でしゅっ!」
噛んでしまった。
頑張って言ったのに。
フェリスは顔が熱くてたまらなくなり、小さくなって羞恥に震える。
そんなフェリスを見て、クラスの女子生徒たちが「かーーわーーいーーいーー!!」と身をよじる。
女子に負けじと男子生徒も訊いてくる。
「今までどこの学校に通ってたんだ? よっぽどすげぇお師匠サンに個人指導でも受けてたのか?」
「え、えとっ、学校とかは初めてです……ずっと鉱山で奴隷として働いてて……」
「奴隷!?」
クラスメイトたちが目を見開く。
どうやらこれは普通のことではないらしい、とフェリスは気付いた。
「あ、ご、ごめんなさい……だから、文字も知らなくて……みんなに迷惑かけて、本当にごめんなさい!」
「いやいや、んなことねーって! それなら読めなくて当たり前だし!」「むしろ一週間だけで百点取るなんて天才だよ!」「よっぽど頑張ったんだろーな……俺は頑張ってもムリだけど!」
男子たちは誰もフェリスを責めようとしない。
優しい人たちだなぁ……とフェリスは思った。
男子に対抗するようにして、近くの女子生徒たちがフェリスに話しかける。
「ねーねー、あとで一緒に街に遊びに行こうよ!」「そうそう! 女子だけで思いっきりガールズトークしたいし!」「おいしいスイーツ屋さん知ってるんだよ!」「いいでしょっ、ね! ね!」
「は、はいっ!」
フェリスは大きくうなずく。
たくさんの女の子たちと遊ぶなんて、これまでの十年の人生でまったくの未経験。考えただけで鼓動が速まってしまう。
と、アリシアがジャネットの方を見やって尋ねる。
「ジャネットさん……さっきからフェリスに質問したくてしょうがないみたいだけど、なにかしら?」
「えっ!? わ、わたくし!? わわわたくしは別に質問なんてなんてなんてっ!」
ジャネットは腰に手を当てて、頭をぶんぶん振る。その慌てっぷりは、フェリスでも『なにか訊きたいことがあるのかなぁ……』と思うレベルだ。
「あ、あの、あんまり怖い質問じゃなかったら答えられますけど……」
「怖い質問なんてしませんわよ! というかなんですの、怖い質問って!」
「人間を食べたことがありますか、とか……」
「ありますの!?」
「な、ないですけど……」
「安心しましたわ……」
ジャネットがホッと胸を撫で下ろす。
すぐに鼻を突き上げてフェリスを睨むや、厳しい口調で尋ねる。
「フェリス! あなた、好きな食べ物はありますの!?」
「あ、ありませんけど……」
「全部嫌いなんですの!? そんな生物が実在しますの!?」
「そうじゃなくてっ、食べられるものならなんでもいいってことです! わたし、親方の機嫌が悪くてパンをもらえなかったときは、鉱山に生えたコケとかキノコとか食べてましたし!」
教室の全生徒が涙を流した。
涙を流さなかった者も唇を噛み、心から涙を流していた。
ジャネットはというと、ボロ泣きしていた。
「ジャネットさん……ハンカチ、要る?」
「要りませんわ!」
アリシアが差し出したハンカチをジャネットが突っぱねる。
目をぐしぐし擦ってから、再びフェリスを睨む。
「なにか特別に食べたいものはありませんの!? これは質問ですわ!」
これは命令ですわ、と言われている気分のフェリス。
一生懸命頭を絞り、なにかないかと思案する。
「え、えっと……大っきなハートマークが描いてあるお弁当とか、食べてみたいです……クラスで食べてる子がいて、なんか可愛いから羨ましくて……」
「そっ……」
それをわたくしに作れと!? とジャネットは内心で絶叫する。
とんでもない羞恥プレイである。
「そ……?」
小首を傾げるフェリスは、どこまでも無邪気な顔をしている。
「わ、分かりましたわ! せいぜい覚悟しておきなさいっ! あとで後悔しても知りませんわあああああーっ!」
ジャネットはバタバタと廊下を走り去っていった。
「な、なにを覚悟しておけばいいんでしょう……」
フェリスは恐怖にガタガタ震えていた。
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数日後、フェリスは自分の机にハートマーク弁当が突っ込まれているのを発見することになる。
ジャネットが頑なに『わたくしが作るわけありませんわ!』と主張したので、フェリスは贈り主が分からなかったが、ありがたく食べさせていただいた。その料理は最高に美味しかったという。