人形
突如として現れたロバートの姿に、少女たちは怯む。
アリシアの父親は、ここまでずっと探し求めてきた相手のはずだった……しかし。
「また、幻惑魔術の偽者じゃありませんの……?」
ジャネットは警戒する。
「アリシア、本物かどうか分かります?」
「さっぱり分からないわ」
「しっかりしてくださいまし! あなたのお父様でしょう!?」
「フェリス、なんとか分からないかしら」
「え、えとえとっ……」
アリシアに頼られ、フェリスは目を凝らす。
魔力の痕跡を探るときのように、意識を集中させ、五感以外の感覚まで研ぎ澄まして、じいいいいいいっとロバートを観察する。
見えてくるのは、魔力の流れ、生命の波動、衰弱した鼓動。
幻惑魔術や偽装の形跡はどこにもない。
ロバートの意識まで透過すると、アリシアの屋敷を旅立ったときの光景が流れ込んでくる。アリシアとフェリスの乗った馬車を心配そうに見送るロバートの記憶。優しげな言葉。これは紛れもなく。
「本物の……ロバートさんです……!」
フェリスが告げると同時、ロバートが杖を振り上げた。
高速詠唱、魔法陣展開、魔弾射出。
襲い来る攻撃に、フェリスたちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
バルフが斧を握り締め、ロバートに飛びかかった。
叩きつけられる斧を、ロバートの防御魔術の盾が受け止める。
「魔法ごときで……ガデルの刃を折れると思うな……」
バルフはそのまま防御魔術ごとロバートを斬り裂こうと渾身の力を加える。
みしみしと、魔術の盾が鋭い軋みを漏らす。
「やめて! その人は私のお父様なの! きっと操られているだけよ!」
「っ……!」
アリシアが叫ぶと、バルフは舌打ちして大きく飛び退く。
『探求者たち』の術師の嘲笑が響く。
「くくく……もう終わりか? せっかく優秀な対戦相手を用意してやったのだから、殺し合わねばつまらないだろう。やりたまえ……やりたまえよ! くはははは!」
「なんて悪趣味なんですの!? アリシアがどんな思いをしてお父様を捜していたか、分かっていますの!?」
ジャネットは辺りを見渡すが、術師の姿は見当たらない。ただ、声だけが嗤う。
「ああ、ああ、分かるとも! 美しい家族愛ではないか! 家族で殺し合うなど……あまりにも素晴らしい絶望の饗宴、主に捧げる晩餐だ!! さあ、さあ、もっとやれ!!」
術師の言葉に従い、ロバートが魔術を繰り出す。
アリシアの父を傷つけるわけにはいかず、少女たちはただ逃げ回ることしかできない。ロバートの体からは急速に魔力と生命力が消費されていく。
「あんなに無茶な魔術の使い方をしていたら、アリシアのお父様も死んでしまいますわ!」
ジャネットは焦った。
「どうしたら……どうしたら!?」
嵐のように襲い来る氷弾の中、フェリスは打開策を考える余裕もない。回避するだけで精一杯で、体力が尽き果てていく。
と、ロバートが一際大きな魔法陣を展開し、闇魔術を放った。
暗黒の砲弾が、少女たちに迫る。
フェリスは魔法結界を張ろうとするが、間に合わない。