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ロクス・ソルス  作者: 凡人
第1章 旅の記録
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2話 荘厳

『嬢ちゃん、あの島に行くんだって?やめときな、俺ぁみたんだ!大きな大きな銀色の竜が、静かに俺を睨んでいるところを!!あれは迂闊に近づいたら食うっていう目だったぜ・・・悪いことはいわねえ、伝承は存在したんだ、命が惜しけりゃやめときな!!!』


ークリムゾニアの首都デディールの男の話よりー

「いやぁ~ほんとに上手くいったな!」

カラスは顔に満面の笑みを浮かべて言った。

シアベルクの関所をくぐりぬけ隣国クリムゾニアに入国した一向は、ある場所を目指すために舟で川を上っていた。

「・・・・・本当に上手くいっていたのか?あれは。」

現地の案内人の漕ぐ舟に揺られながら、イドラの前方で苦い顔をしてフェンは呟いた。

「一介の兵士にあれは見抜けないわ。」

イドラはにっこり微笑んでフェンの横顔に答えた。

イドラがソルシェの家で言った『提案』とは、幻術のことだった。

幻術とは、魔法をかけられた対象が周囲の人からは別のものと錯覚させるものだ。

イドラは、自身とフェンが周囲の人には別の人物に見える幻術をかけ、関所をぬけたのだ。

『カラスちゃんさえ上手くやってくれれば』というのは要するに、カラスがイドラを殺してその後に出会った旅人二人と一羽に同行することになったかのように振る舞いさえすればいい、ということだ。

「カラスちゃんに依頼をしたヒトがシアベルクの学者なのは服装からわかってるし、容姿だけでも十分誰なのかもわかるから、関所をぬける前に出した手紙が仲間にちゃんと届きさえすれば、シアベルクに帰ってくる頃にはこの案件は片付いてるわよ。」

それより宿に置いてきたロシェの方が心配だわ、と笑うイドラを見てフェンは、なぜそんなに楽観的なのか、と言いたげな顔をしたが、すぐ元の真顔に戻った。

「で、俺たち今どこに向かってるんだ?」

船首から川面を覗き込んでいたカラスが、ふいに後ろに振り向き尋ねた。

「真ん中に小島が浮いてる湖だ。真っ黒いの。」

「真っ黒いのってなんだよ!俺はカラスだ!!というか、ここが湖じゃなかったのかよ!!!」

「ここのどこが湖だってんだ!どう見たって河だろうが!!!」

あんだと?やるか?と、お互い声を荒げ、取っ組み合いの喧嘩が始まりそうになったとき、船尾から案内人の男の罵声が飛んだ。

「てめえらじっとしろ!!!ここで落ちたら最後、このあたりの肉食のやつらに腕やら何やら食われるぞ!」

「うわっはい!!」

二人は大慌てでつかみ合っていた手を離し居住まいを正した。

「・・・・まあ確かに、これだけ川幅が広くて流れが穏やかだと、湖に見えなくもないかもしれないわね。」

そう言ってイドラは改めてあたりを見渡す。

高い山と山に挟まれたこの河は、ここクリムゾニアからさらに北にある国の氷河が溶け出したことによって生まれた大河だ。川岸ははるか遠くにあり、泳げない人がここで舟から落ちたらまず助からないだろう。底も深いようで、舟の浮かぶ川面は深い色を湛えている。山中で冷たい水の中にも生物が生息しており、じっと目を凝らすと魚影を確認できることもあった。

「にしてもお客さん、あの小島に上陸するって本当なんです?」

と、案内人が思い出したかのように聞いた。

「ええ。」

イドラは答えた。

「あの小島には竜が住まうって、そういう伝承を聞いたものですから。」

「確かに、この辺りにはそういう言い伝えがありますが…」

案内人は、腕を庇ってわざとらしく身震いしてみせた。

「それを見たって人は少ないし、本当にいたとしても、そんな危険なものがいるかもしれないところにノコノコ行ったりしませんよ!!」

「でも…いるらしいというなら行きます。」

外れクジは引き慣れているんです、とイドラが笑ってみせると、案内人の男も諦めたように苦笑を浮かべた。



程なくして一行は、例の竜の住まう小島に辿り着いた。

念の為島の周りを舟でグルリと一周してから、イドラ達三人は島に上陸した。徒歩でも15分程度で一周できそうな島だ。外から見る限り、木々が生い茂るばかりで特にこれといった生物は見られなかった。

「本当に危なくなったら、すぐに舟まで戻ってきてくださいよ!」

と、伝承を信じているのかいないのかよくわからない案内人の言葉を背に、三人は木々の中へ入っていった。


生えている草や落枝を踏みながら一行は島の中心にむかって進む。

この島には渡り鳥かなにかの種類の鳥が巣を営んでいたようで、空巣がいくつかみられた。

他にも本国ではあまり見ない羽虫や亀が見られたが、依然として竜のいた痕跡は見つからない。

やはり外れクジなのかしら、と、イドラは前を軽快な足取りで進むカラスの背中を見ながら、そう考えた。

と、突然カラスがピタリと歩みを止めた。

考え事をしながら歩いていたイドラはそれに対応できず、急停止したカラスにぶつかった。

そんなイドラの後ろを歩いていたフェンも、イドラの動きに対応しきれずぶつかる。

「か、カラスちゃん、どうしたの・・・」

困惑したようにイドラはカラスの顔を覗き込んだが、その視線を辿り理解した。

木々の隙間から見えたのは、硬質で鋭利な銀の鱗。それらは威嚇するように並び、誰も触れられないような危険さをかもし出していた。

背の先の尾は太く強靭そうで、大きな胴を支える後足も同じように大きく発達していた。

竜か、とイドラは一瞬身構えたが、すぐに緊張を解いた。

よく見てみると、銀の鱗にはところどころ苔が生えている。足元には蔦が絡まり、ここ最近動いた形跡は見られなかった。

つまり、これは何かの死骸であり、少なくとも生きた竜ではないということだ。

「これは・・・・」

イドラはカラスを追い越し、その死骸に近づいた。二人もそれに続く。

「この辺りの肉食水棲生物の抜け殻ね。足に水かきがある。」

「竜じゃないのか。」

こんなに大きいのに、と言いながらカラスはイドラの横に立つ。

「確かに大きいけれど、竜が脱皮した例はまだ見つかっていないわ。それに・・・」

イドラは抜け殻の正面に移動し、腹の辺りを確認した。

「やっぱりね、進化痕がない。」

進化痕とは、竜にみられる腹付近にある傷の様なもののことで、竜かそうではないかを見分ける指標と一つとして知られているものだ。

「伝承の目撃者たちは、これを竜と間違えたとみてよさそうね。・・・にしても、これは本当に大きな個体だわ。」

「珍しいのか。」

二人が抜け殻を観察している様子を見ていたフェンはそう聞いた。

「珍しいわよ。座った状態で私と同じくらいの高さだもの。きっとこの湖に棲む生き物達のボスなんでしょうね。」

「親分か!やっぱり強かったのかな!」

「たぶんね。」

この種にしては随分大きな体には、よくみれば引っかき傷のようなものがみれた。きっと、縄張り争い等のなかでついたものだろう。

脱皮のために大きく裂けた背からは植物が日を目指して伸びている。

苔の間からみえる鱗が木漏れ日に照らされ淡くひかりを照らし返している様子に、三人は静かに見入っていた。

竜こそ見つけられなかったが、草々のなかに巨体が鎮座する様子は、どことなくこの湖の生態系の頂点にあるものとしての威厳が感じられる光景に、イドラは何とはなしに満足感をおぼえるのだった。

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