三人だけの……
「――どこですか、攻撃を受けているのは?」
高まる鼓動を抑えながらミディールさんに尋ねる。
浮かした腰を椅子に降ろして拳を軽く握った。
ここで焦っても意味なんかない、落ち着かないと。
「獣人国と同じように国境砦です。一万を超える兵に攻撃されましたが……無事に撃退できました。どうも敵の動きから見て攻略に本腰を入れていないようだという報告です」
その言葉に束の間安心したものの、本気の攻勢でないと聞いて少し考える。
砦には常駐兵が居るが、それは主に監視の為だ。
一万もの大軍に攻められたとあっては、当然王都から足りない兵力を増員した筈だ。
ガルシアで最も早く動かせる軍は王都の兵だからこれは間違いない。
他領の兵は招集に多少の時間が掛かる。
このタイミングでガルシアを攻めた事から導き出される結論としては――。
「援軍封じ……ですか?」
帝国は国境にガルシアの兵を張りつかせるのが目的なんじゃないか?
獣人国に援軍を送らせないつもりなのでは……。
本気の攻勢でないのなら、尚更可能性は高い。
「ご名答です。先程、撃退と言いましたね? 攻め寄せた帝国軍ですが、軽い交戦の後は故意に砦から見える位置に野営を張っています。これで事実上、ガルシアは国境から王都の兵を動かせなくなりました」
ライオルさんが渋い顔をした。
舌打ち混じりに悪態をつく。
「お前の言う通りの露骨な援軍封じだよ、帝国の連中め。もしガルシアが敵軍を無視しようものならそのまま砦を落とせるだけの兵力だし、逆にこちらで奪ったアリト砦の維持には大軍は邪魔だ。あそこは山頂にあって兵糧を送り難いからな」
つまり、この二方面作戦は帝国にとって非常に都合がいいらしい。
獣人国の砦を必要な兵力で固めつつ、残った無駄な兵力はガルシアへ送る。
こちらの連合軍の展開速度、動員兵力などが全て読み切られている。
獣人国の現状では、砦を落とすだけの兵を集められるか分からない。
「やはりエドガーが裏切ったのが大きい。様子がおかしくなり始めてからは、なるべく情報を与えないようにしてきたらしいが……」
「ええ、急に体制を変えるのは難しいです。王都の兵力を増強こそしましたが、やはり有事に対応出来るほどでは」
王都の最大動員兵力はここ数年で七千人から一万五千人まで増員されたらしい。
これは王都ガルシアの人口三十万の内の五パーセント程度なので、かなり優秀な数字ではある。
しかし、今回は結果的に獣人国へ援軍を出す余裕までは無い。
守る側で人数も勝るため、まず防げるだろうが万が一があってはならない。
必勝を期すなら一万五千の兵、全軍で向かわなければならない。
これで実質王都から出せる全ての兵は砦に釘づけだ。
「ガルシアの他領からの援軍は、少なくとも移動込みで二週間は掛かる。しかしアリト砦を奪還するなら早い方が良い。となれば……獣人国だけでやるしかねえな。それならば三日で招集可能だ」
有用な砦は奪った直後から補修作業を開始し、そのまま自拠点として使うのが常だ。
アリト砦が存在する場所は見晴らしの良い山頂にあり、敵国の監視場所として最適。
帝国にとっても獣人国の国境付近での行軍を掴みやすくなる為、そうそう手放さないだろうと見られている重要拠点である。
ここを奪い返すには相手が完全に砦の防御を固める前、出来るだけ早い段階で攻め返さなければならない。
「てな訳でガルシアからの援軍は無し、俺達は三日後に打って出る。それでカティアとミディールはどうするんだ? 本国から何か聞いているか?」
そうか、ここで帰れと言われたら帰らないといけないのか。
当たり前のことだが、何となく事態が落ち着くまでは獣人国に居る気になっていた。
「それに関しては、姫様から直筆の手紙がカティアさんに届いています。こちらをご覧になって下さい」
そう言うや、ミディールさんが苦笑を湛えた顔で私を見る。
え、何その表情、そこはかとなく不穏な気配が……。
高級そうな刺繍が入った封筒を取り出すと、私に手渡してくる。
手紙からは上品な花の香りがした。
「あら、素敵なお手紙ですね。ガルシアの新しい王はどのような方なのですか? 若い女性だとは聞きましたが……」
ルイーズさんが手紙の装丁から、姫様に興味を持ったようだ。
恐らくまだ公文書のやりとりでしか関わりがないのだろう。
それに答えたのはライオルさんだ。
「そうだなあ。容姿端麗、魔法の才在り、国民人気が高く寡黙。若干天然入ってて危なっかしいが……王として天賦の才があるな。気を付けろ、お前が誤解しやすいタイプだ」
「何ですか、藪から棒に」
その言葉に、眼鏡の才女は怪訝な表情をする。
ライオルさんは昔を思い返すように遠い目をした。
「お前、昔から天然入ってたり、ぽーっとした女が嫌いだったろ? その類だぜリリは。自分から動かなくても人が寄って来る感じの」
「な、な!? どうしてそんなどうでもいい事ばかり覚えておられるのですか! 私は単に自分から行動しない愚鈍な女が嫌いなだけです、男に頼り切っているような!」
「ったく、そんなだから行き遅れて――」
「は!? 今何と言いましたか!」
この二人の言い合いに付き合っていると時間が無くなるのは学習済みなので、無視して手紙を開封する。
……うわ、綺麗な字。
機械のように正確で、少し無機質な印象を受ける読み易い字だ。
最初は獣人国に援軍を出せない事を、私の口からも謝罪して欲しい旨が丁寧にしたためてある。
次にライオルさんが王位についたことを大変驚いていること、更に私が気にしているであろうガルシア本国の様子などが続く。
ここまでは良い。
しかし途中から私のお菓子が食べたいだとか、キョウカさんがうるさいだの内政がしんどいだのの愚痴のような文章になっている。
字も段々と、丸文字に近い彼女本来の癖が出る感じの有り様に……。
(り、リリちゃん……)
それはもう、アカネですら呆れるレベルだった。
ある意味で姫様ワールド全開である。
(序盤の厳粛な文章はどこへ……)
そして最後にはこう結んであった。
――援軍こそお出しできないが、我が国の最精鋭の一人であるカティア・マイヤーズ他二名を獣人国にお預けする。
カティアはミディール、アカネと共に千人にも勝る働きをもって獣人国を助けるべし……だそうだ。
「何この無茶振り?」
ミディールさんが苦笑しきりな訳が理解できた。
いかん、頭が痛くなってきた。
「お、どうしたカティア?」
私が頭を抱えているとライオルさんが不思議そうな顔をしたので、説明する気力を失った私は手紙をそのまま手渡した。
ライオルさんの目が紙面を上下し、やがて肩が震え出した。
「ぶははっ! こりゃ傑作だ、つまり三人だけの援軍ってことだな! だがまあ本当にありがたいぜ、お前らが残ってくれるのはな。にしても、ククッ、さすが親父殿の孫……」
手紙の内容に大笑いしたライオルさんが、バシバシと私の背中を叩く。
痛い、痛いですライオルさん……。