建国史と最初の目的地
村を出てしばらく。
現在、街道脇の視界の開けた場所で馬を休ませている。
……のだが、会話がほとんどない。
非常に気まずい。
ニールさんは時折こちらを見るのだが、目を合わせようとすると慌てて視線を逸らされる。
何か悪いことをしただろうか?
悩んでいても仕方が無いので、こちらから会話を振る。
「ニールさん、取り敢えず座って休みませんか?」
まずは座ろう。
草の上は柔らかく、乾いているので問題ないだろう。
先に正座で座る。
「あ、はい。――変わった座り方をなさるのですね」
こちらから話をすると、ホッとした様子を見せた。
向こうも気まずさを感じていたらしい。
「正座という座り方です。背筋が伸びて気持ち良いですよ」
馬に乗った後なので、腰の負担が少ない方が良いと思ったのだ。
乗り慣れていないと結構くるね。
乗馬に関しては村で数回乗った程度だから。
「セイザ、ですか。やってみます」
ニールさんがこちらを真似て正座で横に座ろうとする。
「ひ、膝が痛いです。物凄く。でも確かに背筋は伸びますね」
無理して同じ座り方をしなくて良いのに。
かなり顔を顰めている
でも、ちゃんと正座出来ているあたり、ニールさんは柔らかい体をしているのだろう。
えーと、何を話せば良いんだ?
こういう時は答え易い質問か共通の話題を振るのが良い、というのを前世で立ち読みした本で読んだ気がする。
よし。
「あの、ニールさん。最初の目的地についてなんですが」
軽く確認の話をすることにした。
ニールさんも沈黙を嫌ったのか、すぐに応じてくれる。
「はい、最初はラザの町に入り、ガルシア兵士ギルドに登録して頂きます」
知らない単語が出てきたぞ。
兵士ギルドとな?
ガルシアはこの国の名前だ。
ガルシア王国。
それが入ってるってことは国営?
「無知ですみませんが、兵士ギルドというのは?」
「ああ、自分の方こそ申し訳ありません。剣聖様にも、一般常識から説明するようにと言われていました」
山暮らしだから必要なかったのだ。
仕方ないね。
断じて私の頭が悪い訳ではない。
では、ニールさんに色々と聞こうじゃないか。
「先生、よろしくおねがいします」
「せ、先生ですか? そんな大したものでは……。ええと、カティアさんはガルシア国の成り立ちは御存知ですか?」
大雑把な歴史は知っている。
が、兵士ギルドについてそこから説明が必要なのか。
「確か、ダオ帝国に属していた東部領の一つだったガルシア領が中心となって独立したんですよね?」
一応、国の地理関係ぐらい思い出しておいた方が良いかな?
この大陸は西部一帯をダオ帝国が大きく支配している。
中央部は北に獣人の国、大陸中央部付近にガルシア国、その南部にエルフの国、更に南にドワーフの国がある。
中央部の南北に団子状に国がある形だ。
国土を広げるダオ帝国に追い立てられた結果、こうした不自然な国の分布になっている。
大陸東部は未開拓地であり、昔は中央部も魔物が多い未開拓地だった。
人類の生存圏が大陸の西に固まっていた訳だ。
ダオ帝国は、わざと生かして人族以外の他種族を東へと追いやり、開拓した土地を後から奪っていたらしい。
この間、人族以外の種族間で協力体制が敷かれなかったのも、帝国が離間策をしきりに行った結果だと思う。
しかし、ダオ帝国東部領にあったガルシア領が反旗を翻したことにより状況が一変した。
「はい。ガルシア領では、ダオ帝国の国教であるバアル教に反対する人間が集まり、帝国以外の三国と同盟を結んで独立を果たしました。今から約百年前のことですね」
東部領は侵略の最前線だった場所だ。
全ての人族が宗教に染まりきっている訳でもないだろうし、他人が切り拓いた土地を奪い続ける強盗同然の真似を続けていれば、良心が咎め、心が磨り減ってくる者もいるだろう。
独立という思い切った行動に出る心情も理解できる。
ただ、状況的に不思議に思う部分もある。
「よく同盟できましたよね。人族そのものが敵だった時代ですよね?」
バアル教の排他的な性質上、他種族からは嫌われている筈だ。
戦争状態でもあったし、心象は最悪だろう。
「そうですね。ですがどの国も生活圏確保の為の開拓と、更に侵略からの防衛失敗で疲弊しきっていました。そんな状況でガルシア領は二度に渡る帝国からの進軍を防ぎ、他国からの難民を人種問わず、数多く受け入れました。そんな経緯で大陸そのものが種族毎に固まっていた時代、唯一の多種族国家が誕生した訳です。ガルシア領の姿勢と防衛力を見た他の国々は、同盟を受け入れました。こうしてようやく反帝国体制である四国同盟が整った訳です」
どうやってガルシア領が帝国の攻撃を防いだのかは気になるが、それはさておき。
元々バアル教を反面教師に種族間での友好をはかるべき、という風潮も下地にあったようだ。
現在もガルシア・獣人・エルフ・ドワーフによる四国同盟は続いている。
四国と敵対して国力を維持できる程にダオ帝国は強大である。
ニールさんの説明が続く。
「ここで話が戻ります。国として成立したガルシアの人口の大部分が、戦いに疲れた難民だった訳です。難民として受け入れて貰ってはいても、人族に対する不信の念が簡単に振り払える訳がない。ガルシアでは人口に対して兵の数が不足しました」
事情を考えれば当然かもしれない。
信用が低いって事は兵士になった場合、人族でなければ使い捨てにされたり、戦場で特に過酷な場所を担当させられるのでは? という疑念が付いて回るだろう。
「そこで、ギルドですか」
話の流れからするとそういうことらしい。
「はい。そうした感情面を一瞬で解決する妙案などありませんから。国としての信用が低い以上、兵役という義務ではなく、兵士という商売にしてしまえという事です。各地にギルドを置けば魔物に対する備えにもなります」
高い報酬が出るという欲を煽り、強制ではないという安心感も同時に得られる。
難民なら困窮しているだろうし、報酬によっては乗ってくるだろう。
兵役を自分の判断で拒否できるって、結構凄いことなのでは?
「そうすると臨時兵? という扱いですか?」
「はい。報酬が十分で臨時徴兵や傭兵扱いなら応じる、という者は意外なほど多かったらしいです」
常備兵が少ないって事は、維持費が低いという部分ぐらいしか良い点が思い付かない。
短所としては、兵士の練度に問題が出るのではないだろうか?
「実際の戦場で、兵の統率はきちんととれたのですか?」
「昔からあるのですが、現在でも、定期的に各ギルドで必要最低限の従軍訓練は行われています。参加義務はありませんが、これにも報酬が出るので参加者は多いです」
大丈夫なのか? それで。
大丈夫なんだろうなぁ、この国が今も残っている以上は。
質問が途切れたのを見て、ニールさんがギルドの詳細な説明に移行する。
「戦時中以外は、兵が足りない場合は国や領主が傭兵に仕事を斡旋することもあります。魔物退治や治安維持に関わることが多いですね。それから、兵士にはランクがあります。高い者は基本報酬の上乗せや、傭兵の場合は商人などの個人的な依頼の信用度の指標になります。受注にランクで制限を設けたりですね。更には税の免除などの優遇措置があります。受けるかどうかは自由ですが。代わりに、免税を受けた者は戦場に必ず出向く必要があります」
普通の軍備に使う予算のほとんどをギルドに振り分けているみたいだ。
ランクを付けて競争を煽ったり、この国の軍は統率よりも報酬による士気の高さを優先することで成り立っている傾向を感じる。
それに、報酬さえ払えば一般人でもギルドを通して依頼を出せるようだ。
「そういった経緯で、我が国では現在も有事において動員できるのは臨時兵や傭兵といった区分の兵が大部分です。それらを管理する国の部門が兵士ギルド、ということになります。臨時兵や傭兵業の者はここに登録しておく義務があります。兵全般の管理を一括で行うため、国軍や各領の軍もここに登録します」
そこにこれから登録に行く、と。
成程、ギルドの話を聞いたことで一つ疑問に思っていたことが解決した。
国軍の力が大きくないから、今の王位争いも支持を集める事が大事になってるんだな。
王政と言ってもこの国では国民の力が大きいようだ。
それと同時に新たな疑問が浮かぶ。
そうした背景を知った今となっては、バアル教に染まっている第一王子エドガーには勝ち目がないように思えるのだけど……国の成り立ちから考えても変だよなぁ。
それを支持している貴族達にしても、どんな意図があるのだろう。
うーむ。
「兵士ギルドに関しては分かりました。そういえば、私の扱いってどうなるのですが? 国軍兵ですか?」
召集を受けた身としては他の所属は考え難い。
「国軍兵なのは間違いないかと。スパイク元王からギルドに渡す紹介状がありますので、一般兵ということはないとは思いますが……詳しいことは分からないですね」
腕を組んで考え込むような仕草を見せながらニールさんが言う。
「では、行ってみるしかありませんね。長い説明をさせてしまいましたね。ごめんなさい……ではなく、ありがとうですね。ありがとうございました」
「いえ! 自分の方こそ気を使っていただいたたようで……申し訳ありません」
先程までの固い空気に関することを言っているらしい。
話だしたら普通だったし、この人は特別壁を作るタイプには見えない。
と、すると。
「何か理由があるのですか?」
早めに聞いておいた方が良さそうだ。
今後の為にも。
「実はですね……自分には姉が居るのですが、その」
意外な方向に話が。
お姉さん?
「何です?」
重ねて聞くと、きまりが悪そうに頬を掻きながら言う。
「恥ずかしながら、子供の頃から顎で使われるような関係でして。姉は見た目からして気が強そうと言いますか、勝気そうな目をしているので……そのせいか気の強そうな女性を見ると、委縮してしまうのです」
うーん、つまり。
「私の顔の系統が似ていたから、固かったということですか?」
確かに今の自分はツリ目? かもしれない。
自分の容姿に関しては深く考えない様にしているのだ。
前世で悲しい思いをしたから。
前世では、自分の容姿は中の上くらいだと思っていたが全くモテなかった。
……モテなかった。
自己評価って甘くなりがちだよね。
思い切って実家に遊びに来ていた従妹に自分の顔のランクを上中下で聞いたら、
「中の下! 私はキライじゃないけどー」
だってさ。
……泣いた。
後半のフォローで更に泣いた。
中の下って不細工予備軍じゃないか!
「あ、あの、気を悪くされてしまいましたか?」
おっと、嫌なこと思い出しちゃった。
「いえ、気にしてませんよ」
そっちはね。
「すみません。出会った時から失礼ばかりを……カティアさんは見た目と違って物腰が柔らかいですし、姉とは違うと理解しているつもりです」
お姉さんは見た目通りって言ってたからね。
物腰が柔らかいってことは、ちゃんと女性らしく振る舞えていると安心して良いのだろうか。
「大丈夫ですよ。理由が分かってすっきりしましたし」
言い辛いことをしっかり言ってくれた辺り、ニールさんは誠実な人間なのだろう。
「ありがとうございます――まぁ、それだけが理由ではないのですけど」
途中からは小声だった。
が、ばっちり聞こえている。
他の理由ってなんだ?
気になる!
「他にも何かあるのですか? 教えて下さいよ」
何時の間にか前のめりで顔を寄せてしまっていた。
あ、近過ぎた。
少し距離を取る。
ニールさんが小声を聞きとられた羞恥からか顔を赤く染める。
「い、いえ! 何でもないです!」
「どうして誤魔化すのですか!? 変な所があったら教えて下さい! 山育ちの世間知らずなので!」
「変とかではなくてですね! ……自分が悪いのです。びじ……女性に免疫が無い自分が……」
?
女性が苦手なの?
お姉さんの所為かな?
結局はっきりとした答えは教えて貰えなかった。
うーん。
仕方ない。
「まあ、良いです。そのうち教えて下さい」
先延ばしだ。
後で聞きだそう。
「あ、いえ……その……ははは」
誤魔化す気しか感じられない態度だった。
オイ。