探索二日目
二日目の朝、目覚めは爽快だった。
体に活力が漲っている。
ベヒーモスの肉の効果だろうか……?
外套一枚を体に掛けただけの寝床から抜け出し、幕舎の外に出た。
他の寝ている女性兵士を起こさない様に静かに。
こうして同性で固めてくれる辺り、意外に配慮が細かく、ありがたい。
正直、獣人国の兵士の野営なんてごちゃごちゃで雑魚寝だと思っていたから。
勝手なイメージを持つのは良くない、反省。
こうして朝まで熟睡出来たので、夜間の警備も特に問題なかったようだ。
「おうカティア。どうだ、体の調子は?」
幕舎の外ではライオルさんが軽く体を動かしていた。
お互い見つけ易い容姿なので、多少遠くに居ても直ぐに分かる。
聞いて来るライオルさんの動きはキレがあった。
「軽いです、驚くほどに。肉の効果なんですかね?」
「だろうな。うーむ、この肉他国に売れるんじゃねえか?」
元々、今回の遠征は国民の飢えを凌ぐ為の対応だった訳だが、確かに売りたくなる気持ちも分かる。
売ろうと思えばかなりの値が付くのは間違いない。
用途は限定されてしまうが。
「即金を得るためには使えるでしょうね、今回取れる量によっては。将来的に輸出の主力にする気なら供給が安定しないと……家畜にするのはハッキリと不可能な凶暴さですし、繁殖力も不明です。一商品としてなら最上級でしょうけど、超えるべき壁が多すぎる気もします」
「個人として商売するなら一頭狩れば値千金でも、国単位だとな……まあ、全ては洞窟の調査が済んでからだな。あれが最後で、もう一頭も居ないなどという事態も無いとは言い切れん」
昨日に続き今日も洞窟に入る訳だが……地図も無し、洞窟の長さも不明、ベヒーモスの個体数も不明と無い無い尽くしだ。
とにかく慎重に前進するしかない。
「でもよ、この体の状態なら幾らでも行ける気がしないか? いっそ今すぐに発散したい気分だぜ。一勝負どうだ、カティア?」
ライオルさんが素振りをしながら問い掛けるが、私はそんな気分にはなれない。
気が乗らないのではなく、始めたら加減が利かなくなりそうなほど体の状態が良いのだ。
「やめておきましょう、有り余る力ならベヒーモスにぶつけた方が良さそうです。欲が出てしまいますから」
こちらの意図を正確に察したであろうライオルさんが鼻を鳴らした。
「ハッ、分からんでもない。確かに全力出したくなっちまうな、これだと。うっし、だったらそろそろ探索班の奴らを叩き起こして洞窟に行くか」
肩をぐるぐる回しながら幕舎の一つに向かって行く。
暫くして兵達の悲鳴が響いた。
どんな起こし方をしたのやら。
野営地が俄かに慌ただしくなり、一瞬で活気に満ちた場所に様変わりした。
観察すると皆、肌艶が良く元気な様子だ。
腹を下した者も居ない様でどうやら消化も悪くないらしい。
そして腹持ちの方だが、
「俺、朝はスープだけでいいや……」
「私も……変な感覚ね」
兵士達が口々に話す通り、こちらも上々どころか異常な状態だった。
私の感覚でも、血の中を栄養が駆け巡っている感じだ。
水分さえ摂っていれば後は大丈夫……という気がする。
どの程度持続するのだろうか、これ。
私も調理担当の兵士が配膳してくれたスープだけを飲み、いつでも出られるように準備を始めた。
装備をつけて髪を結ぶ。
「ハッハー、行くぞ! 今日も狩りの時間だぁ!」
ライオルさんは元気が有り余っている。
あの人だけ肉の効果があり過ぎたんじゃなかろうか。
「「「オォーッ!」」」
……そうでも無かった。
全員、出発時よりも大分元気で少し興奮気味。
号令に応えて気合の乗った大声を張り上げた。
じゃあ、私も元気に行きますか。
(アカネ、起きて)
(んゃ? ……おはよう、お兄ちゃん……)
アカネが寝ている時間は私よりも長い。
一日の半分、十二時間位は眠るだろうか。
大精霊達は眠らないらしいので、やっぱりアカネは特殊な精霊なのだろう。
(おはようアカネ。起こして悪いんだけど、アカネの力が無いと危ないだろうから)
(もう出発? うん、任せてー。お兄ちゃんは私が守るよー)
(はは、ありがとう。今日も油断せずに行こう)
(うん!)
頼もしい返事。
アカネ無しだとベヒーモスは厳しいので、一緒に戦ってくれるのは大助かりだ。
二十人程度の隊列の先頭に加わり、洞窟へと向かった。
相変わらず広い洞窟だな。
地下に向かって進んで行く道は、もっとも高い場所で最大百メートルはあるだろうか。
幅も最大でなら、その半分位はある。
目測だが。
広大な洞窟であり、巨体のベヒーモスが悠々と歩ける広さ。
川なども流れていて、この洞窟だけで一つの生態系が完結しているのが分かる。
ベヒーモスの餌となる何かも中には居るのだろう。
先程からは魔物である吸血大蝙蝠が襲ってくるだけで、それらしき影は無い。
洞窟内は涼しく快適……昨日ベヒーモスに会ったエリアでは更に温度が下がる。
暫く進むと開けた場所、沢山のつらら石が天井を飾る鍾乳洞に到達する。
この入り口付近で初めてベヒーモスに遭遇した。
「ありゃ、今日は居ねえな……」
ライオルさんが皆の内心を代弁するかの様に呟く。
てっきりここが巣になっているものと思っていたからな……。
そのまま、私は何となく鍾乳洞を見回した。
つらら石から水滴が滴って、時折頭や肩を濡らす。
今もこうして顔に水滴が――あれ、なんか生温い。
妙な温度に真上を見上げると――!
「上っ、上ー!」
それ以上は警告を出せなかった。
紫黒の巨体が高い天井から轟音を立てて目の前に着地した。
砕けた鍾乳石や床石が周囲に弾け飛ぶ。
私に向かって大口を開けたベヒーモスの口に、咄嗟に火魔法を叩き込んだ。
肉を食べた効果か、普段よりも僅かに火力が高い。
魔獣が怯み、呻き声を上げた。
「今の内に退避をっ! ライオルさん!」
「応っ!」
後続の兵が狙われなくて幸いだった。
粘つく顔の涎を拭い、私は時間稼ぎに入る。
ライオルさんが鍾乳洞の外まで兵達を連れて移動を始める。
この個体、昨日のよりも……。
「明らかに大きいな」
(大きいね。お兄ちゃん、ガンバ!)
アカネが私の呟きに反応したが、それ以上話を続けることは出来なかった。
角を使ったベヒーモスの突進を躱し、返す刀で浅く顔を斬りつける。
今日も楽な戦いはさせてくれそうもなかった。




