王の不在
王都の被害は、市街地に関してはそれほど広がらずに済んだ。
バアルの眷属の目的が王の命だったこと、更にルイーズさんとミディールさんが加わった後に迅速に混乱が収まったことが大きかった。
敵にとっては兵力を分散させる以上の目的は無かったのだろう。
街の被害はともかく、まんまと術中に嵌った事には違いない。
孤児院も火が回らずに無事だった。
そして王を失った民衆達は……。
「どけ! 通行の邪魔だ!」
市街の通路を、荷物を満載した馬車が通り過ぎていく。
行先は国境から遠い東部かガルシア王国が多いらしい。
豪商や富裕層は身の安全を確保しようと、王都から多数逃げ出している。
私は隣を歩くミナーシャに話し掛けた。
「国内はともかく……ガルシアで普通に生きていけるんですかね? あの人達」
住んでいる人間の気質が違い過ぎる。
傲慢な人間は特に嫌われやすいので、すぐに孤立してしまうだろう。
「ニャ……獣人国と同じように商売とかする気だったら、多分直ぐ倒産すると思う。殿様商売で商品の質なんか気を使ってないし、職人も育ってないし……」
「どちらにとっても何一つ良い事がないですね……」
ガルシアは獣人国と逆の完全な買い手中心の経済だ。
種族間の技術交流が活発で、次から次へと店は出来る上に質もどんどん上がっていく。
買い手は質と値段の釣り合いを考えて、ある程度自由に商品を選ぶことが出来る。
そんな市場に獣人国の商売人が入っていっても……結果は見えている。
「力仕事で良いんだったらガルシアは一杯働き口あるけどね。それこそ東部の開拓地とか――」
ミナーシャが言っているのは一次産業という奴だ。
特にガルシアの東部開拓は手厚い保護がされている。
望めば兵は貸し出される上に、開拓地が安定するまでは税の軽減もある。
悪くは無い働き口だが、人を使う事に慣れ切っている彼らの頭にその選択肢はないだろう。
結果ガルシアとしては使えない人材が入ってくることになるし、彼ら自身もいずれ困窮することになる。
最初だけは彼らが散財することによって経済的にはプラスになるだろうが、長い目で見ると……。
その上、一次産業をやってくれそうな人々はガルシアまで行く経済力が残っていない。
私達は馬を走らせてここまでスムーズに来たが普通はそうは行かない。
ルマニからガルシアの国境まで行くには結構な金が必要だ。
「結局は難民自体を出さないようにするのが大事ですよね」
「新しい王が決まらないとニャア……皆、不安だろうし」
バアルの眷属の襲来から今日で二日目。
現在、王城で指揮を執っているのは実質的にルイーズさんである。
昨日から忙しく王城で働いているらしい。
ミディールさんはその手伝いで馬車馬の様にこき使われているとか。
その優秀さ故か、国外でも苦労する羽目になっているのは割と笑えない。
亡くなったレオ王の後継である王子はまだ幼く、とても後を継げる状態には無い。
他の継承可能な者は高齢だったり、血筋が遠かったりと今一つ決め手に欠ける。
そこで白羽の矢が立ったのは当然ライオルさんだった。
図らずもルイーズさんが望んだ形になった訳だが、ライオルさんは一言
「一日くれ」
とだけ言い残してどこかに去っていった。
心配だが、一人になりたいとのことで私達は待つしかない。
そんな私達が何をしているかと言うと……
「カティア、あれ、あれ!」
数人の男達が商家を囲んでいる。
その衣服のみずぼらしさからしてスラムの住人だろうか。
私達の任務は街の巡回だ。
既に数件の暴動を鎮圧しているのだが、政情への不安からかそれが後を絶たない。
バアルの眷属による襲撃で、王都の常駐兵がその数を大きく減らした事も影響している。
単純に人手が足りない状況なので、こうして部外者の私まで協力を要請されたという訳だ。
私は大きく息を吸い込んだ。
「お前達、何をしている!」
剣を抜いて掲げ、威圧するように軽く振り回した。
武器を持たない男達が慌てて逃げ去っていく。
未遂で済むならそれに越したことはないので、出来るだけこうして目を光らせている。
囲まれていた商家のドアが開き、中から腹の出た男性が出て来る。
「ありがとうございます、兵士様……これを……」
私の手に金貨を握らせて来る。
思わず顔を顰めそうになったが、努めて出さないようにしつつそれを押し返した。
「受け取れません。私達は先を急ぎますので……」
中年男性は驚いた様な顔で立ち竦んだ。
袖の下を受け取らない兵士がよほど珍しい様だった。
気分が悪い。
やや足早に現場から離れると、ミナーシャが私の肩に軽く触れた。
「カティア、顔色悪いニャ。少し休む?」
(お兄ちゃん、少し休憩しない?)
同時に二人から掛けられた気遣いの言葉に私は少し笑った。
暗い気分が顔に出てしまっていたかな?
二人を不安にさせるようじゃ駄目だな……気を付けよう。
「何で笑うニャ!?」
「いや、アカネが同時に似た様な事を言うので……ごめんなさい」
憤慨した様子のミナーシャに謝った。
心の中でアカネにも一言。
(アカネ、ありがとう)
(うん!)
「ありがとうございます、ミナーシャさん。じゃあ、少し休憩しましょうか?」
「よっし、甘いもの買って孤児院に戻るニャ! こういう時は甘いものニャ! っていうか私が食べたい!」
「フィーナさんと似た様な事を言いますね……」
というよりも、私の周りの女性陣は皆同じことを言う。
姫様も必須栄養素とか何とか無表情で言っていたし、ルミアさんは饅頭が好きだと言っていた。
糖分が心の栄養素、なんだろうか……?
「誰ニャ? フィーナって」
「ああ、私の……友達? お姉ちゃん? の様な方で、ハーフエルフです。きっとミナーシャさんも仲良くなれますよ」
そう言えば、私とフィーナさんの関係は何と言えばいいのだろう?
少し難しい。
友人と言うには少し距離が近過ぎるし、姉はフィーナさんの自称だ。
「へー、会ってみたいニャ。私、同性の友達少ないから……」
「あー、何となく分かります」
「何でニャ! そこは否定するとこニャ!?」
その後、なるべく素材の状態の甘いものを買い込んで孤児院に戻った。
出来合いのものは余りにも高かったので、自分で作ることにしたからだ。
沢山クッキーを焼いて孤児院の子供達に配ったら喜んでいたので、ミナーシャと割り勘したにも係わらず軽くなった財布も本望だと思う。
一番はしゃいでいたのは子供達よりもミナーシャだったが。
院長のヒルダさんにはいたく感謝され、何度も礼を言われた。