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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第一章 旅立ち
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幕間 転生前夜 -小さき焔-

この話は通常であればプロローグにあたる場面です。

前世でのテンプレートな死亡シーン、及び流血描写が含まれますので苦手な方は飛ばすか注意して読んで下さい。

 腹が熱い。

 手で押さえても、血は止まらなかった。

 ここは裏路地で、今は深夜だ。

 救助は絶望的だった。

 ……俺はこのまま死ぬらしい。

 思えばくだらない人生だった。

 低ランクの文系大学で遊び呆けていた俺は当然のように就職に失敗した。

 自業自得だが、自分が誰からも必要とされていないのかと思うと叫びだしたい衝動にかられた。

 結局フリーターになってバイト帰りにこれだ。

 就職に失敗しても態度が変わらなかった優しい両親には出来る限りの仕送りをしたが、俺の収入からでは高が知れている。

 実家に帰ってきてもいいんだよ、なんて言ってくれてたな。

 ――悔しい気持ちと申し訳ない気持ちが溢れて来る。

 今になって後悔しても遅いのに。畜生。

 

 この裏路地で会ったそいつは、痩せぎすの三十前後に見える男だった。

 今思えば、どこを見ているか分からない澱んだ目をしていた。

 そいつがすれ違いざまにナイフを腹に差し込んできた。

 哄笑をあげながら何度も、何度も、何度も。

 通り魔という奴だったんだろう。


 大量の血を失った俺は、抜けていく力に抗えず、そのまま目を閉じた――




 何も見えない暗闇の中、何故か意識がある。

 自分の名前もちゃんと思い出せる。

 ――ここは、どこなんだ?

 ――死後の世界なのか?

 体の感覚もおぼろげな中、遠くに小さな焔が見えた。

 ――なんだ?

 ただ暗闇の中を漂っているよりはマシなので、そちらへ向かっていく。

 暗闇の中を歩くと何か大きな流れに引っ張られる感触と共に、凄まじい睡魔が襲ってくる。

 不思議とこのまま眠ったら二度と目覚めないという確信があった。

 ――嫌だ!嫌だ!まだ消えたくない!

 必死に焔の方に向かう。

 ――糞っ、遠いなっ!

 何度も意識を手放しそうになったが、なんとか辿り着いた。



 

 その焔は弱々しかった。

 直観的に触れても大丈夫な気がして、そっと手で掬い上げた。

 感じたのは身を焦がす熱さではなく、暖かさだった。

 

 焔の感情が流れ込んできた。

 父が死んで悲しいのだと。

 母が死んで悲しいのだと。

 そして……自分もこのまま消えてしまいたいのだと。

 結局誰にも必要とされずに死んでしまった俺は、目の前の正体不明の焔の気を少しでも引きたくて、つい大きなことを言った。


「だったら俺が守ってやるよ。母親の代わりは無理でも、父親の代わりはできるかも知れない」


 分かっている。

 これは自分勝手な発言だ。

 死ぬまでに得られなかったものを今になって必死に求めているだけなのだ。

 それでも――

 焔が揺らめいた。

 再び感情が流れ込んでくる。

 ――嬉しい、ありがとう、と。

 しかしそこで焔が小さくなってくる。

 今にも消えそうだ。


「おい! しっかりしろ!」


 その焔は完全に消える前に俺の胸元に向かって動き、そして吸いこまれた。


「……え?」


 疑問の声は次の瞬間、何か大きな力に引っ張られる感覚と共に闇の中に消えていった。




 眩しい。

 まだ意識が繋がっている事に安堵する。

 少しずつ目を開けると、驚いた顔の壮年の男性が見えた。

 オールバックの黒髪に髭のダンディなおじさんだ。

 うん?

 外国人か?

 おじさんがほっとした様子で声を挙げる。


「おお、息を吹き返したか! 脈が弱かったしもう駄目かと思ったぞ! 子供が助かっただけでも不幸中の幸いかもしれんな……」


 言葉は聞き取れるけど……状況が飲み込めねー


 その男性はティムと名乗った。

 俺は一歳ほどの幼女の体に生まれ変わった? らしい。

 後で知ったのだが、彼が駆け付けた時には両親は既に事切れていたらしい。

 母親は「この体」を庇うようにして絶命していたと聞いた。

 

 


 爺さまに助けられて十六年が過ぎた。

 助けられたのは推定一歳の時なので、今年で十七歳になる。

 今でも時々思い出す。

 あの暗闇の中で見た焔は、この身体の元の持ち主だったのではないかと。

 俺の胸の中に吸い込まれた焔は、今でも意識を保っているのだろうか?

 考えても答えは出ない。

 暗闇の中であったような感情が流れ込んでくる感覚も、あれ以来感じたことはない。

 やはり、大部分は俺の中に溶け込んでしまったのだろうか。

 少し寂しく思う。


「おーい、カティ! ちょっと来てくれ!」


 おっと、庭に居る爺さまに呼ばれた。

 頭を切り替えないと。

 頭の中で自分を俺俺言ってると、ぼろが出るのだ。

 私私私……。

 よし。


「はーい爺さま、今行きます!」


 この体は、あの焔に与えてもらった新しい命だ。

 魂のようなものが溶け合ってる以上、守ると言った約束を果たすためにも、共に精一杯生きねばなるまい。

 「私」は爺さまの待つ庭へと向かった。

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