王都の孤児院
ホープの村を出た後は、予定通りの旅程を過ごすことが出来た。
獣人国の王都ルマニは人口の割には妙に活気が無い町だった。
いや、正確には格差が大きいという印象か。
貧民街……スラムや一般層の小さな家が立ち並ぶ区画がある一方で、王城付近には大きな邸宅が立ち並んでいる。
中間層が丸ごと中抜きされたような、二極化が激しい町だった。
商店街も大きな店が目立ち、多様性は感じない。
小さな商店や変わった店が無いことが活気の無さを感じる原因かもしれない。
味が今一つの割に高額な茶を喫茶店で飲んでいると、ミディールさんが戻ってきた。
「王への目通りは明日だそうです。城での宿泊を勧められましたが……どうしますか?」
どうせ初見では会えないと、ライオルさんの言葉で最初はミディールさんが単独で使者に立った。
その予想通り目通りは明日との事だ。
城に泊まると聞いた瞬間、ライオルさんが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「俺は御免だ。どっか適当な宿を探して泊まる」
「……仕方ありませんね。断るのも失礼なので私一人だけでも泊まるつもりですが、カティア殿とミナーシャ殿はどうしますか?」
私も出来れば王城には泊まりたくない。
気疲れしそうというのが一番の理由だ。
……それに、フィーナさんにミディールさんと二人きりになるなとしつこく注意されたので。
「私も気疲れしそうなので他所で」
「私は孤児院に帰るニャ。あ、そしたらカティアとライオルはウチに来ない? タダだし、料理もおいしいし……」
ミナーシャにしては妙に気が利いた提案だ。
それがやや不自然だったので私は間髪入れずに一言聞いた。
「本音は?」
「チビ達がうるさいから相手してくれると助かるニャア……ハッ! 誘導尋問ニャ!?」
(お兄ちゃん、誘導なんかした?)
(してないしてない。ミナーシャが素直過ぎるだけでしょ……)
私は単にテンポよく質問しただけだ。
それはともかく料理には惹かれるものがある。
ミディールさんが今晩王城に泊まるなら、料理は期待できない。
彼の料理は自信に違わぬもので、ここまでの旅の清涼剤とも言えるものだった。
それだけにギザル村の様な……あの塩辛い料理は出来れば遠慮したい。
「私はいいですよ。ライオルさんは?」
承諾しつつ、ライオルさんにも聞いておく。
お茶を一口飲んでから頷き、
「……いいぜ。俺だけ断ったら感じ悪いだろ?」
三人で孤児院に行くことが決まった。
「ニャふふー、二人とも意外と付き合い良いんだから。じゃあ行くニャー」
「ではミディールさん、済みませんが……」
一人だけ窮屈な思いをさせるのは忍びないが、旅でこの国の体質を見てきただけに気が進まない。
これ以上、肩が凝る様な思いをするのは御免だった。
どうせ明日は畏まった場に出なければならないのだから。
「ええ、構いません。どの道、私は子供が苦手ですから。明日の正午過ぎには遅れないように登城してください」
ミディールさんと別れ、商店街から住宅街に向かった。
孤児院は一般層の住宅街の一角に在った。
富裕層の住宅街に程近い場所で治安も良さそうだ。
建物の大きさは一般住宅の二、三軒分だろうか。
「たっだいまニャー!」
ミナーシャが元気よく扉を開けて入っていく。
そのまま私達を放って中に入っていってしまった。
ライオルさんと二人、このまま入って良いものかと逡巡する。
「あのアホ。これじゃ入り辛いじゃねーか」
「えっと、どうします?」
「ここに突っ立っててもしょうがねえし、行くしか――」
「あ、お客さん連れてきたニャ! 後で紹介するから歓迎してあげてね! 二人とも入ってー!」
「……最初からやれよ! 何だあいつ!」
「もう諦めましょう。直りませんよきっと」
ミナーシャは終始あの調子で、常識的な気遣いなどは期待できない。
きちんと招かれなければ客としては入り辛いという事も恐らく分かっていない。
気を取り直して孤児院の玄関に入る。
「お邪魔します」
「邪魔するぜ」
小さな靴が沢山並んでいる玄関を抜ける。
孤児院の廊下に入ると、ドタドタと走って来た数人の子供達に囲まれる。
年齢は全員二桁に満たない程度。
「ミィねえちゃんのおきゃくさん?」
「うしさんだー」
「らいおんさんだー」
「どこからきたの?」
「ほらほらチビ共、後で構ってやるから散るニャ! 二人共、院長室に挨拶に行くからついて来るニャ」
ミナーシャの案内で廊下の奥へ。
子供部屋らしき明るい色の入り口が幾つか見え、廊下の突き当りにそれまでとやや毛色の違う落ち着いた色合いのドアがあった。
ここが院長室らしい。
ミナーシャがドアをやや乱暴に開けて入るように促す。
院長室に居た老婆は上品そうな人だった。
椅子に腰掛けて茶を啜っている。
それから小さな獣耳と手の甲に豹の様な柄が見える。
豹系獣人だろうか?
「あんた……まさかヒルダさんか?」
ライオルさんが驚いた様に呻く。
知り合いか?
対して老婆は小さく首を傾げた。
「はい、私はヒルダですが……貴方は? ミナーシャのお友達ではないの?」
「あ、ああ、確かに二十年前の姿とは一致しねえか。俺だよ、ライオルだよ」
「ライオル……も、もしや殿下!? 確かに面影が……ああ、なんてこと!?」
老婆が慌てて椅子から立ち上がった。
ライオルさんの顔を良く見ようと近付いて来る。
「え、何この空気? 院長とライオル知り合いニャ?」
私も聞きたい。
ミナーシャの質問に動揺を残しつつライオルさんが答える。
「俺の従士だった奴のお袋さんだ……まさか孤児院を作ってたとはな」
王族の従士を出せるような家系なら、この孤児院を建てることが出来たのも納得だ。
それにしても意地の悪いタイミングだ。
ライオルさんだって昔の知り合いに会う事は覚悟してただろうけれど、それは王城内での想定じゃないかな。
正直、見ているこちらが気の毒に思う程の狼狽ぶりだった。




