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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第七章 獣人の国
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希望の在処

 状況が落ち着いたのは黒い霧の塊を何とかした後、ある程度残ったジャイアントエイプの数を減らしてからだった。

 ボスを失って統制が取れなくなった群れは弱く、また、黒い霧を吸い出されて気絶した個体も多かったので掃討は手早く済んだ。

 この世界に猿肉を食べる風習は無いので、遺体は延焼の危険が無い場所で纏めて焼却した。

 ここから先は村の住人がこの山とどう向き合っていくかだ。

 私達に出来ることは終わった。

 山からゆっくりと下山しながら、全員で情報の整理に移る。


「で、説明してくれるんだろ? カティア」


「いや、聞くなら私じゃなくてですね……アカネ、分かることだけでいいから話してくれる?」


「はーい。ちょっと待ってね……うーん、うーん……」


 一生懸命どう話すかを纏めているアカネに場の空気が和んだ。

 戦闘後の殺伐とした空気が一気に弛緩する。

 要点は主に二つ、黒い霧の正体と、それを解き放った魔法について。

 アカネがつっかえながらも話し出す。


「えっと、最初にあの黒くなっちゃった精霊なんだけど」


「あれは精霊が変化した姿なの?」


「うん。方法は分からないけど、精霊が持ってる負の感情って言ったらいいのかな? それを無理矢理引き出すとあの姿になるみたい。あの姿で物凄い叫び声を上げてたから、恐かった……」


 しがみついて来るアカネの背を撫でる。

 確かに精霊は正負の感情両方を持っている。

 私の感覚では、大精霊内の精霊達は多少の偏りがあっても全体でみるとバランスが取れていた。


「ふむ……厄介なのは帝国がどうやってそれを引き起こしているかが分からない所ですね。最近の帝国はガードが固く、情報員を送り込んでも誰一人帰ってきません……後手に回らざるを得ないのは歯痒い所ですね」


「まあ、こんな黒い霧の目撃情報は今迄に無かったもんなあ。人為的に起こしているって判断で間違いねえだろうが」


「アカネちゃんも無理矢理って言ってるしニャア。あの黒い霧の効果って体の強化?」


「それは確定できないでしょうね。闘武会の時のバアルの眷属達は姿も変わってましたし……ただ、一つ気になることが」


「? 何だよカティア」


 身体強化だけなら姿が変わる意味が分からない。

 今回のジャイアントエイプ達は純粋な身体強化だったと言えなくもないが。

 私が気になるのは敵の戦意の高さだ。


「バアルの眷属も今回のジャイアントエイプ達も、ほとんど全滅するまで向かってきました。特に今回は魔物の習性として、ボスを倒した後に逃げ出す個体がほとんど居ないのがおかしいです」


「つまり、こう言いたいのか? 精神的な作用かなんかで恐怖心が無くなっていると」


「これも不確定ですけどね。少なくとも私はそう感じました」


「可能性はありますね。バアルの眷属の中には、王都から一度も出たことも無いような非戦闘員も混じっていましたから」


「嫌な感じだな……」


 本当に恐怖心を消す効果があるなら、非常に危険なものだ。

 兵士どころか一般人ですら戦闘員に仕立て上げる事が出来る。


「で、でも精霊だけならあのカティアとアカネちゃんの魔法で元に戻せるんでしょ? 悪い事ばっかりじゃないニャ!」


「ああ、そっちの話も必要ですよね。アカネ、もう大丈夫?」


「うん。ありがとうお姉ちゃん」


 アカネが体を離して顔を上げる。

 少し考えるようにした後、小さく頷いた。


「あの魔法はね……闇に染まった精霊達を引き戻す為のモノ。そして、大精霊達が生まれた理由でもあるんだよ」


「大精霊が? それって一体……?」


「お姉ちゃん、大精霊は国境付近に現れたって言ってたよね」


「ああ、確かに言ってたね。ただ、自分達にも理由は分からないって」


「うん。でも、あの大きな黒い塊……闇精霊とでも呼べばいいかな? それを見た時に分かった。大精霊は、あれを止める為に生まれた防御反応みたいなもの。精霊達の総意が生み出した力なんだ」


「精霊達が? つまり、精霊達はあの姿になりたくないって訳か?」


 ライオルさんが目を丸くした。

 私や姫様の様に精霊に接したことがある人間は別として、それ以外の人は精霊にも感情があることを実感し辛いのだろう。

 自我は無く、生前の残滓の様なものでも確実にそれはある。


「そう。誰だって落ち込むときや辛い時、悲しい時はあるでしょ? でも、ずっとその状態で居たいと思う?」


「そりゃあ……嫌だな。何とかしようとするだろうさ」


「でしょ? だから、帝国の勢力圏から離れた位置に少しずつ、少しずつ集まった精霊が移動して……」


「国境付近で大精霊化したと。もしかして帝国側の精霊が多いのかな? 大精霊になってるのは」


「かもね。ある程度の数が集まらないと精霊はその場で漂うだけだから、そういう危機感っていうのかな? それを持ってたのは大体帝国側の精霊だと思うよ」


 自我が無くとも感じる危機感か。

 だとしたら帝国の状態はどれだけ酷いのだろう?

 想像したくもない。


「だから、大精霊の力の一部を持ってるわたしも同じことが出来るってこと。もちろん、お姉ちゃんが浄化魔法用の魔力を練ってくれたからこそっていうのもあるよ」


「あ? 待てよ、もしかしたら不発だった可能性もあるのか? あの魔法」


「そうだよ? でも大丈夫だよ。お姉ちゃんだもん」


「全く根拠の無い信頼ニャ! ……でもちょっと分かるかも。カティアの背中、何故かずっとくっついていたくなったもん」


「ミディールさんにおど……忠告されていた時のアレですか? 妙に長く背中に居ると思ったら……」


「ち、ちゃうニャ! つい、あったかくて動きたくなくなったというか、とにかく違うニャ!」


「否定出来てねえよ。ま、いいさ、事実何とかなったんだからな。大精霊達がリリに憑いてんのはその魔力を練れるからか?」


「うーん、たぶん。無理ならこれから練れるようになるのかも……」


「何だ、曖昧だな」


「だって分かんないよう。私の力だって火の大精霊の一部でしかないもん。しかもお姉ちゃん専用みたいなものだし」


 力の使い方は分かっても、別に大精霊とアカネの意識が繋がっている訳ではないからなあ。

 その辺りは戻ってから確認しなければならない事だろう。

 そしてミディールさんが場を纏めるように一言。


「今回判明した情報は本国に送っておきます。獣人国にも情報部員は居ますから。ミナーシャ殿、くれぐれも情報に関しては……」


「わーかってるニャ! 黙ってるってば、しつこいよ!」


「ならば結構。ニスモに着いたら繋ぎを取りますから、そのつもりで」


 ニスモは村に寄らなければ真っ直ぐ行っていた筈の街だ。

 ここを出たら本来のルートに戻ることになる。

 ただし村に山の解放を報告する為、もう一度立ち寄る必要はあるが。




「なんと……山の魔物を……?」


 村長への報告はライオルさんに任せた。

 ボス猿を倒した張本人でもあるし、何だかんだで一番この村の行く末を案じていた。

 私達は後方で待機している。


「ああ、粗方倒しておいたぜ。少数残ったジャイアントエイプが次の群れを作るまでが勝負だ。それまでにしっかりと山を管理するようにな」


「……どうしてここまでして下さるのです? 誰も顧みないような寒村だというのに」


「フン。俺は弱い奴は死ねばいいというこの国の姿勢が大嫌いなんだ。だからそれに逆らっているだけだと思ってくれていい」


「……そういう意味では我々は国にとって落伍者なのです。納める税も滞り、領主は罰こそ与えないものの何もしてくれない。ならば自分達で何とかしようと半農半漁の村を作ったは良いものの、この有り様です」


「あんたら、自分達から率先して村を建てたのか……それだけでも立派だよ。今回は運が悪かっただけさ」


「そんなことはありません……私達は運が良いのでしょう。貴方達のような方々に会えただけでも、この村の名に意味があるというものです」


「村の名前?」


「ええ、一時はこの名を呪ったこともありました。ですが、今はこの名と共にやり直そうと思います。この村はホープ……希望という名前ですから」


 報告が終わり、村人達の見送りを背にニスモに向かう。

 村人達は礼を言いつつ何時までも手を振っていた。

 今後のホープの繁栄を祈りつつ、重要な情報を多数得た村を後にした。

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